ソロモンの願い事

遠い昔、ソロモンと言う男がいた。ソロモンが誰であるかは、今さら私が説明するまでもあるまい。彼は父ダビデの後を継いでイスラエルの王となった人物である。彼がどのようにして王となったのかを詳しく述べようとは思わないが、彼は自ら望んで王になったというわけではなく、むしろ彼の母が望んだと言った方が正しいかもしれない。そんなこんなで彼自身が望んだかどうかは分からないが、結果として王になったのだった。

しかしながら振り返って見れば、彼の父であり先代の王であったダビデも望んで王になったわけでもなかったし、先々代のサウルにしても願って王になったわけではなかった。彼らは立候補したわけでもなければ、力付くでのし上がったわけでもない。それよりも神に選ばれて、また人々から期待されて王になったという方があっているかもしれない。そう考えてみると、イスラエルの王たちはどちらかと言えば、元来が無欲な人物だったのではないかとも思えてくる。果たしてその反動なのか、王になって権力を手にしたことによって、それまで鳴りを潜めていた欲が姿を現わしたのではないかと思われる行動が目立つようになった。サウルはあくまでも王位にしがみつこうとしたし、ダビデは部下の妻を奪わんとして、その部下を意図的に危険な場所に送り込んで死なせてしまったではないか。また自ら王位を欲した者たちも、求めたものを手にいれることができなかったばかりか、自らの命さえをも失ってしまったではないか。なるほど欲というものは、人を迷わせるものであるというは、確かなのかもしれない。
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アドニヤの執着

遠い昔、アドニヤと言う男がいた。彼はダビデの息子の一人であったわけだが……考えてもみると、ダビデの息子たちには野心家が多いような気がする……と言っても、目立ってしまうだけで、多いというほどでもないのかもしれない。父であり王であるダビデに対して謀反を起こした息子もいたかと思えば、このアドニヤも似たようなことしている。もっともアドニヤはあからさまに父であり王であるダビデに敵対したわけではなかった。彼は年老いて弱ってきたダビデの様子を見て、ダビデ亡き後に王の座に座ろうと考えており、その準備を進めていたようだ。

そしてまだ王が存命のうちに、彼は「私が王になろう」(Ⅰ列王記1章5節)と宣言し、「戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れ」(同)たのだ。もっとも彼の上には兄が二人いたが、二人ともすでに死んでいたので、順番から言うと彼が王位を継ぐはずであった。そう考えると、もしかしたら彼はそんなに必死にならずとも、野心を燃やさずとも、神のことばを守りながら、じっと待っていれば王になれたかもしれない。しかし理由はよく分からないが、彼は時期が来るのを待たずに、自ら王になると心を決めてしまったのだ。
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先見の明

「一年の計は元旦にあり」と言うこともあれば、初夢に験を担いだりもするし、何かというと人々は一年の最初の日に、新たに始まるその年の未来を予測したり期待したりするものである。まだ未知である新しい年に向けて、心の準備をしたいというのが人情というものだろうか。

今日から新しい一年が始まるわけだが、振り返ってみれば、昨年は国内外を通じて様々な出来事に満たされた一年だった。ニュージーランドで地震が起きて、日本人の被害者が出たことに驚いたかと思えば、さほど間をおかずして今度は東日本が大地震に見舞われ、さらには津波の被害を受けたではないか。そればかりか追い打ちをかけられたかのように原発事故まで起きてしまった。そして私たちが震災のことでいっぱいだった時に、太平洋の反対側ではアメリカが大規模な竜巻に見舞われていた。話題になることは自然災害ばかりではない。今までテロとは無縁と思われていた北欧のノルウェーでは爆破および銃乱射のテロが起こったし、アフガニスタンとパキスタンの国境付近では9・11の首謀者が射殺された。その一方で、中東では独裁的権力を奮っていた指導者がその座を追われ、また遠く離れたアジアの地では多くの秘密に包まれた指導者が世を去った。また別の方に目を向けると、ガレージから始めたビジネスを世界でも屈指の巨大企業に成長させ、数多くの発明品を世に送り出した天才的経営者が亡くなった。吹き荒ぶ嵐が過ぎ去ったかのような一年であったわけだが、嵐の後の静けさはまだほど遠いようにも思われる。
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クリスマスの夜は

先日のことだが、ちょっとばかり買い物をする用事ができたので仕事帰りに伸びない足を伸して、久しぶりにみなとみらいまで行ってきた。ところで毎年今くらいの時期、つまりクリスマスが近づいている頃であれば、お店や公共の施設の集まっている通りや広場の街路樹などは、もしも私の記憶違いでなければ、きらめくイルミネーションで飾られていたと思うのだが、今年は八時をちょっと回ったというだけなのに、妙に暗いという印象を受けた。なるほど考えてもみれば、今年は震災の影響で節電、節電と言われているので、おそらくその影響だろうか、必要のない照明をやめたらこうなったのだろう。時代の潮流に合わせたというのであれば、仕方がないことなのだろう。それにしても味気ないものだというのが、私の第一印象である。夜中ぶっ通しで煌々と電気を照らせとまでは言わないから、せめて人通りがある時間帯くらいはイルミネーションくらいつけても構わないのではないかと思ってしまうのだ。もっとも私が出掛けていったのは平日の夜のことだから、もしかしたら週末や休みの前日はそうでないのかもしれないが……。

もちろん夜が暗いのは当然のことと言われてしまえばそれまでのことだろう。いったい今までどれだけ明るく照らされた夜を過ごしてきたのかと、改めて考えさせられてしまうこともあるし、灯りで照らされた夜を過ごすことに慣れてしまったがために物足りなく感じるというのも否めない。とくにこの時期は単純な照明を通り越して、華やかと言っても良いほどに照らされ、飾られている夜の世界が存在することを当然と思っていたので、どうにも違和感を覚えてしまうのである。
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クリスマスツリーに願いを

十二月のこの時期にクリスマスツリーを様々な場所で目にすることは、これといって珍しい光景ではないのだが、ここ二、三年妙なクリスマスツリーを見掛けることが増えたような気がする。ちょっと見た目には、いわゆる日本で見られる平均的なツリーと違うところはないのだが、よくよく見ると「願い事」が書かれたカードのようなものがぶら下がっていたりするのだ。色や形こそ違えど、七夕の短冊のようなものなのである。以前はあまりなかったと思うのだが、私が今まで気付かなかっただけなのか、それとも本当にそのような飾り付けをすることが増えてきたのか……真相は謎に包まれたままである。

七夕に願い事を書いた短冊をぶら下げるようになったのが、昔からのものなのか、それとも近年誰かが思いついたことなのか私には分からないが、どうやら本来の七夕の意味からはずれたイベント的なものになってしまったのではないかと思うのだ。ましてや一般的な日本人にとっては海外渡来の宗教行事であるクリスマスである。おそらく本来の意味を理解するでもなく、年中行事として楽しんでいる人々の方が多いであろう。文化的背景が異なるから仕方がないと言えば仕方がないだろうが、それにしても七夕の短冊なみに願い事を書いた紙をクリスマスツリーにぶら下げるというのは、何とも不思議と言わざるを得ない。もっとも発案した人にしてみれば「何という妙案!」と言いたいところなのかもしれないが、私にしてみれば「何という珍妙!」と言いたいくらいだ。
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