答えない神

商人たちを神殿から追い出した後、イエス・キリストはようやく落ち着くことができたに違いない。神の宮で、神のみことばを人々に教えるという、神と人との橋渡し役としての務めを果たすことができるようになったのだから。ところで、ルカの福音書にはこのように書かれている。「イエスは毎日、宮で教えておられた。祭司長、律法学者、民のおもだった者たちは、イエスを殺そうとねらっていたが、どうしてよいかわからなかった。民衆がみな、熱心にイエスの話に耳を傾けていたからである。」(ルカの福音書19章47~48節)イエスや民衆たちが神殿で過ごす日々に満足していた時、どうやらそのような状況に納得することのできない人々もいたようである。宗教家に律法学者、それに指導者たちは相変わらずイエスに対して不満を抱いていたようである。いや、イエスの命を奪おうと画策していたことを考えると、単なる不満というものではなかっただろう。それは憎しみというべきものだったのかもしれない。彼らにとってはイエスや彼に従う者たちと和解をするというのは、そもそも選択肢としてなかったのであろう。もはや、彼らにとってイエスを排除することのみが、大げさに言えば、人生の目的になっていたのかもしれない。しかしながら人々がイエスに傾倒している現状では、そうすることも難しかった。まずは人々の心をイエスから引き離さなければならなかった。さもないと、このままでは群衆を敵に回すことになってしまい、それでは彼ら自身の立場はもちろんのこと、命そのものが危うくなってしまうだろう。

指導者たちは、まずはイエスを責めるだけの正当な理由が必要だった。イエスがいつものように人々に話していると、彼らはやってきてイエスにこのように聞いた。「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。あなたにその権威を授けたのはだれですか。それを言ってください。」(同20章2節)

彼らが今までにも何度もやってきたことであるが、イエスの答えによっては、その内容を彼を非難する材料にしようと企んでの質問だった。彼らの腹積もりとしては、もしイエスが何の権威にもよらず、彼自身の意思に従って人々に教えていると答えたとすれば、祭司長の承認も得ずにそのようなことをするのはいかがなものかと、イエスを訴えようとするだろう。また、もし彼が神によって権威を与えられたと答えたとすれば、神の御名を利用したということで、指導者たちは彼を訴えようとするだろう。そのようなことをイエスは百も承知である。

もちろん、イエスが正直に答えるとしたら、彼は神によって与えられた権威によって、彼自身の意思に従って、人々に教えていると答えるであろう。なぜなら、イエス・キリストは神のひとり子であり、また神なのであるから、なんら不都合はないはずだ。もっとも端からイエスを陥れることしか頭にない指導者たちに、そのようなことを語ったとしても、彼らは聞く耳を持たないであろう。言っても分からないのであれば、彼ら自身で何らかの結果を導き出してもらうしかなかった。さすがに自分たち自身が出した答えに反対はできないであろう。そこでイエスは彼らにこう言った。「わたしも一言尋ねますから、それに答えなさい。ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、人から出たのですか。」(同3~4節)

「すると彼らは、こう言って、互いに論じ合った。『もし、天から、と言えば、それならなぜ、彼を信じなかったか、と言うだろう。しかし、もし、人から、と言えば、民衆がみなで私たちを石で打ち殺すだろう。ヨハネを預言者と信じているのだから。』」(同5~6節)さすがに彼らも馬鹿ではない。彼らがイエスを陥れようとしているように、イエスもまた同じやり方で彼らを追い込んでいることに気付いた。「そこで、『どこからか知りません。』と答えた。」(同7節)

「するとイエスは、『わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに話すまい。』と言われた。」(同8節)律法学者や祭司長らが答えることを拒否した。それならばと、イエスも答えないと態度を明らかにした。

果たしてイエスのやり方はずるいだろうか。人々に様々な質問に答え、色々なことを教えてきたイエスが、あえて自ら口を閉ざしてしまうというのは、彼らしくないと言えるだろうか。いや、そうとは言えないだろう。彼は知恵や知識を求める人々の質問には、答えるだろう。迷っている人々や悩んでいる人々の問いかけには、適切なことばを与えるだろう。だが、指導者たちはイエスに何を求めたのか。彼らは何も求めていなかったのではないか。もし求めたとしたら、それはイエスを罠にはめるきっかけだけだった。それでは、イエスから拒否されても仕方あるまい。

人は神に何でも求めることができる。極端に言えば、たとえそれがわがままなものであっても、神は何らかの答えは与えられるだろう。しかし、もし神に反するものを神に求めるのであれば、その答えは与えられない。神は口を閉ざしてしまうだろう。

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