ピラトとヘロデの見たもの

イエスが捕らえられた当時、ユダヤ地方を実効支配していたのはローマ帝国であった。そのようなわけで、祭司長たちに捕らえられたイエス・キリストは、一晩は祭司長の家に留め置かれたものの、翌朝にはローマから派遣されていた総督ピラトのもとに連れて行かれた。総督の屋敷で祭司たちは「イエスについて訴え始めた。彼らは言った。『この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。』」(ルカの福音書23書2節)

ふむ、なんだかおかしくはないか。そう思うのは私だけであろうか。なぜ、彼らはわざわざピラトのところにやってきたのか。しかも、ここにきて「カイザルに税金を納めることを禁じ」て民衆を煽っているなどと、あたかもイエスがローマ帝国に対して仇をなそうとしているかのように訴え出ている。これはどう考えても言いがかりだろう。むしろイエスは税金を納めるようにと言っているではないか。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。」(マルコの福音書12書17節)しかも、イエスを訴えている祭司長たちの仲間に対して言ったことばである。訴えている人たちが嘘をついているのは明らかである。つまりそうでもしなければ、イエスを罪に定めることができなかったのだろう。自分たちの手を汚すことなく、イエスの処罰をローマの役人であるピラト、ひいてはローマに任せようとしているかのようである。卑怯と言えば、まさにその通り。イエスに対して恨みがあるのなら、ローマを頼らずに自分たちでかたを付ければよいであろうに。そうしようともしない。自分たちに何らかの責任が降り掛かるのを恐れているかのようである。

さて、ユダヤ人の指導層からの訴えを聞いたピラトはどうしたであろうか。ピラトもひとつの州を任されているだけに、愚かな者ではなかった。「ピラトはイエスに、『あなたは、ユダヤ人の王ですか。』と尋ねた。イエスは答えて、『そのとおりです。』と言われた。」(ルカの福音書23書3節)ところがピラトは、イエスがユダヤの民を惑わしている件や、ローマに納税することを否定している件については、一切訪ねていない。なぜだろうか。これは私の推測であるが、ピラトはそのようなことは最初から信じていなかったのではないだろうか。ローマのために働く取税人、各地で警備にあたるローマ軍兵士たち、それに諸地方を旅している人々、ピラトにしてみれば彼の支配下にある地方の様々な情報は彼のもとに集まってくるだろう。だがその中に「イエスはローマに税金を納めるようにと言っている」という報告はあったとしても「イエスが民衆を扇動し、税金の支払いを拒んでいる」という報告はなかったに違いない。もしかしたら「ユダヤ人権力者らがイエスと弟子たちを敵視している」という報告もあったかもしれない。ともかくピラトの出した結論は「この人には何の罪も見つからない。」(同4節)という内容であった。

それでも彼らは黙らなかった。ピラトも面倒になったのだろうか。ユダヤ人の内部の問題はユダヤ人に解決させようと目論んだのか、ローマ帝国によって正式に認められていたユダヤ人の領主であるヘロデのもとへ、イエスを送った。

ヘロデと言うと、生まれたばかりのイエスの命を狙ったヘロデ王を連想してしまうが、ここで登場するヘロデは、その息子のひとりであるヘロデ・アンティパスである。さて、ヘロデは父と同じようにイエスを殺そうとしていたかというと、そうではなかった。それどころか「ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行なう何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。」(同8節)父には似ずに、どちらかと言えば、イエスに対して友好的な見方を持っていたのである。そもそも彼は王ではなかった。イエスがユダヤ人の王であると言ったところで、ヘロデの地位は脅かされなかったのである。であるから、彼を殺すだけの理由などなかったのだ。ここでも祭司長たちの期待した結果は得られなかった。

ただ残念なのは、ヘロデ・アンティパスは残忍ではなかったが、あまり賢くはなかったことである。イエスのことを神の子としてではなく、奇跡をおこなう者としか見ていなかったのだ。だから、期待通りの結果が得られなかったので「自分の兵士たちといっしょにイエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返した。」(同11節)ちなみにこのヘロデという人物、過去にもある失敗を犯している。バプテスマのヨハネを投獄したにも関わらず、個人的には彼を尊敬し保護していた。ところが人々の手前、結局はヨハネを殺してしまったのだ。

さて、ピラトは祭司長たちと指導者たち、集まった人々にこう言った。「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。」(同14〜15節)

ピラトもヘロデも、信仰者ではなかったし、ましてやイエスの味方ではなかった。しかし、そのような二人の目から見ても、イエスに罪はなかった。それが第三者の目から見た、確かなことであった。

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