ばかばかしい

欲しいものがあれば、やりたいこともある。人の欲求とは尽きることを知らぬものだ。いや、それとも私の欲求が強いだけなのだろうか。とはいえ、私が欲するものごとの多く、というか、ほぼすべては私の個人的な欲望でしかない。世の中の役に立つようなものでもなければ、モラル的にも正しいものでもないことも多い。例えば、日曜に教会を休んで家で思うがままに寝てみたいものだとか、献金をしようと財布から札を出して、やっぱりやめたと、札を戻して代わりに小銭を出すとか。挙げ句に献金をしなければ、自分の欲しいものを買うことができるのじゃないかと、ふと思ったりするのだ。とはいえ、さすがに欲望に身を任せるのはマズイんじゃないかと、考え直して、なるべく正しい選択肢を選ぶようには心掛けているつもりだ。

自己の内部における「善悪」の葛藤の末、やはり正しいことをして、その後は気持ちが良いものだと、そのように本当に思うことができれば万事めでたし。なのであろうが、実際はそういうものでもない……もしかしたら、私だけかもしれないが。意識の中では正しいことをしなければならない、自分勝手な欲望に負けてはならない、そう考えて可能な限り道を誤らずに進もうとしている。完全には程遠いかもしれないが、それでもなんとかやってきているわけだ。ところが、それで自分が納得できているかといえば、そういうわけでもない。誘惑に負けなかったとしても、それでも悶々とした思いはなくならない。いっそのこと、欲望のままに好き勝手に過ごした方が満足感を得られるのではないかとさえ考えてしまう。だが、気が小さいのか何なのか、そうすることもできないでいる。正しいことをしようとも、間違ったことをしようとも、結局どちらに転んだとしても、私が満足することはないのかもしれない。

正しいことをすれば幸せになれる、とは必ずしも言い切れないのではないか。残念なことに、ひとたびそのことに気付いてしまうと、もはや正しい選択をすることは誘惑への抑止力にはならない。では、どうやって人は自らの欲求を抑えればよいのだろうか。私の場合はこうである。それは、誘惑に負けるなどとは、実に愚かなことだ、ばかばかしいことだ、と自身に言い聞かせることであろうか。礼拝をすっぽかしても、献金をさぼっても、最後は自分が気まずい思いをするだけだ。損することが分かっていながらわざわざそんな選択をするなんて、どう考えても間抜けなことである。だから、「ばかばかしい」「あほらしい」と自らの欲望を見限るしかない。

さて、正しいことが何か分かっていても、そうすることができないのは、私だけではないようだ。どれほど地位があっても権力があっても、やはり人は弱いものである。誘惑や圧力に負けてしまうのは誰でも同じことのようだ。

捕らえられたイエス・キリストに何の落ち度も、それこそ死に値するような罪がないことを知っていながら、また厳罰に値するほどの重罪人が目の前にいても、ピラトにはどうすることもできなかった。聖書にはこのように書かれている。「ピラトは、彼らの要求どおりにすることを宣告した。すなわち、暴動と人殺しのかどで牢にはいっていた男を願いどおりに釈放し、イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせた。」(ルカの福音書23章24〜25節)

ピラトはイエスを助けようと思えば、そうすることもできたはずである。なぜなら彼は事実上の支配者だったのであるから。もし彼が、イエスを釈放し、当初の予定通り人殺しのバラバに死を与えようと願ったのであれば、そうすることができたのである。だが現実はそうはならなかった。彼はそうすることができなかったのではない、そうすることをしなかったのだ。

なぜなのか。ピラトはイエスを憎んでいたのか。いや、それは考えにくい。イエスがユダヤ人指導者によって連れて来られたときから、イエスに罪はないというのが、彼の考えだった。そして為政者としては、無実の人を助けるというのが自身の責任だと感じていただろう。そうであったにも関わらず、最後は「暴動と人殺しのかどで牢にはいっていた男を願いどおりに釈放し、イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせ」てしまったのだ。

おそらくピラトは「ユダヤ人のご機嫌を取る」という誘惑に負けてしまったのかもしれない。「ここでユダヤ人に願いを聞いておけば、いつか役に立つ時がくるかもしれない」そのような損得勘定が働いたのかもしれない。結局のところ、彼も自らの地位を守るという欲に負けたのであろう。

たしかに、人々の罪の身代わりとなってイエスは死ななければならなかった、ということもあっただろうが、そのきっかけとなったのは、やはりピラトの保身と打算にあったのだろう。人が欲に身を任せてしまうと、それは自分自身ではなく別の誰かに悪影響を及ぼしかねない。そうなる前に「ばかばかしい」と自らに言い聞かせるなり、もしくは他のやり方でもよいだろうから、誘惑に負けないように心掛けたい。

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