神は見て、それをよしとされた

神がなさった良いこと。ひとつは、神が天地万物を創造されたということ。

聖書の最初はこのように始まっている。「初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。そのとき、神が『光よ。あれ。』と仰せられた。すると光ができた。」(創世記1章1〜3節)まず初めに神がなさったのは、世界を創ることであった。

ところで改めて思うのだが、日本語というのは便利なもので、「つくる」という言葉でも、私の知る限り「作る」「造る」「創る」という三通りの表し方があるわけだ。規模の小さなものを「作る」、規模の大きなものを「造る」、そして新しい何かを生み出す時に使う「創る」という具合である。もし神が、天地創造のための材料のようなものがあらかじめ用意されていて、それを誰かが書いたレシピに従って、神が捏ねくり回して世界を創造したというのであれば、それは創造とは言えないだろう。だが、聖書には神が創造したと書かれている。天地が創造される前、世界は、いや、世界と呼べるようなものはそもそも無かったというのが正解なのだが、「何もなかった」という状態から、ひとこと「光よ。あれ。」と仰せられただけで、「光ができた」のだった。すなわち神は光という新しいものを創られたのである。それも何もない状態から。

そして、聖書にはこのように続けられている。「神はその光をよしと見られた。」(同4節)すなわち神はご自身が創られたものを見て、それをよしとしたのである。神が創られたものは、中途半端なものでも不完全なものでもなかった。「よし」という一言で、神が認めたものだった。それにしても、神が創られてよしとされた光とは何だったのだろう。聖書にはそれ以上のことが書かれていないから、正解は分からない。これは私の想像でしかないが、おそらく宇宙と、そこにおける万象を支配する法則なのではないかと、考えてみる。いつか神に直接問うてみたいものだ。

さて光を創られた後、神は私たちの住む世界の諸々を創造された。まず、光を創られた翌日、神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に区別があるように」と仰せられ、天を創り、それぞれ天の上と下とに水を分けられたそうな。地球の大気のようなものだろうか。そして「神は見て、それをよしとされた。」これが、二日目のこと。(同6〜8節)

さらに神は「天の下の水は一所に集まれ。かわいた所が現われよ」と言い、海と陸地を創られた。また「地は植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を地の上に芽生えさせよ」と仰せられると、地は果実を実らせる木々や、草花で覆われるようになった。そして「神は見て、それをよしとされた。」(同9〜13節)これが、三日目のこと。(同9〜13節)

続いて神が「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。……天の大空で光る物となり、地上を照らせ」と仰せられると、天に太陽と月と星々が創られた。「神は見て、それをよしとされた。」これが、四日目のこと。(同14〜19節)

このようにして地球が形作られ、昼を照らす太陽も夜を照らす月や星々もでき、海も陸地も創られ、地が豊かになると、神は「水は生き物の群れが、群がるようになれ。また鳥は地の上、天の大空を飛べ」と仰せられた。そして空には鳥が舞うようになり、海の中には様々な生き物が住むようになった。「神は見て、それをよしとされた。」また神はそれらの生き物を祝福し、こう言われた。「生めよ。ふえよ。」これが、五日目のこと。(同20〜22節)

そしていよいよ六日目がやってきた。神は「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を生ぜよ」と言われると、地上には様々な動物が生きるようになった。「神は見て、それをよしとされた。」また神は「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう」と言われて、男と女を創造し、彼らを祝福し、こう言われた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」(同24〜30節)

天地を創造された後、神はご自身が創られたすべてのもの、果てしなく広がる壮大な宇宙から、地面を這う小さな生き物まで、ありとあらゆるものを眺めた。神が抱いた感想はこうだ。「それは非常によかった。」(同31節)

神は世界を創ったそれぞれの日の終わりに、ご自身の仕事をご覧になって「よし」とされた。そして最後の日には、すべてを振り返り「よし」とされた。この世界は、神が七度までも「よし」とされたものなのである。それほどまでに良い世界を、神が私たちに与えてくださったことに感謝したい。

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