十点満点中、何点

神がなさった良いこと。今ひとつは、神が十戒を与えられたということ。

「え、本当に?」と疑われてしまうかもしれない。なんせ私のような中途半端な信仰の持ち主が言っているのだから、信用されなくてもしかたない。いや、今さら真面目な信仰者のフリをしているわけでもなければ、ましてや信仰の篤い人間を目指そうと無理にそのように自分に言い聞かせているわけでもない。改めて神のなさったことを振り返ったときに、ふとそのように感じたまでだ。

ところで英語のことわざに、このようなものがある。”Rules are made to be broken.”訳すと「決まり事は破られるために作られている」と言うことになる。つまり「決まりは守らなくても構わないし、破ったとしてもしようのない」ということになる。なんだか約束事を守ることができなかった、もしくは守ろうとさえしなかった人たちの言い訳のようにも聞こえてしまう。誰が最初に言い始めたことわざなのか分からないが、当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。

では、神はモーセに十戒を与えられた時に「このような十の戒めを定めたとして、果たしてイスラエルの民は守ることができるだろうか……」と不安に思ったであろうか。それとも「私を信じてエジプトから脱出した民は、きっとこの戒めを忠実に守るに違いない」と確信があったであろうか。もしかしたら「罪を犯したアダムとエバの子孫である彼らは、残念ながらたった十の決まりさえも守れないだろう」と心配していただろうか。神がどのように考えておられたのか、私には分からない。ただ想像するに、神はあらゆることを見通して、すべてを知っておられる方であることと、イスラエルの民のその後の行いを省みると、おそらく「人は十の戒めすら守れない」と予想していたかもしれない。

どうせ守ることができないのが分かっているのなら、最初から戒めなど決めなければよかったのではないか。と言うのは、人の浅知恵というものである。神は意味のないことをされるようなお方ではない。十戒を定めたのには、何かの目的があったのだろう。

さて、せっかくなので私がどれほど十戒に忠実でいるのか、自己採点をしてみよう。当然ながら、私は常日頃から神の与えた十の戒めを意識して生活している……わけがない。

「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(出エジプト記20章3節)

神が言われるように、これは守っている。

「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。……それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。」(同4、5節)

これも守っている。というか、偶像を造るとか、拝むという発想すらない。

「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。」(同7節)

あまり日本人的な発想ではないだろう。文化的背景のおかげか、守られている。

「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。」(同8節)

週に一度、礼拝の日を守っているかと聞かれれば、完全ではないけど、たぶん八割方は。

「あなたの父と母を敬え。」(同12節)

幸い親孝行は日本人にはなじみ深い考えなので、これも概ね大丈夫かと。

「殺してはならない。」(同13節)、「姦淫してはならない。」(同14節)、「盗んではならない。」(同15節)、「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。」(同16節)

当然と言うか、信仰がどうこう言う前に、これを守らないと警察のお世話になったり、裁判所に招待されてしまうので、普通に生活していれば守ることができるはずだ。

「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち……すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」(同17節)

あー、残念ながらこれは難しい。人のものを羨むな、とか言われても、無理だ。隣の芝は青く見えるし、青い芝は赤茶けて枯れた芝よりも良いし、そもそも芝がなければ、隣の芝の青さはなおさらである。うらやましくないと言えば嘘だ。

ということで、私の自己採点の結果は十点満点中、八点から九点の間に収まるだろう。自分で言うのもどうかと思うが、まんざらでもない。しかしながら完全無欠であり、全き義である神にとっては、そうではない私は受け入れることのできない存在なのである。義に欠けたところのある私は、すなわち罪人であり、罪を負う身には、赦しが必要なのである。

神がモーセを通して人々に与えた十戒。確かにそれは何が正しいのかを人々に教えるためのものであったろうし、社会に秩序をもたらし、人々の生活に規律を与えるものであったろう。だがその一方で、人が完全ではないということを教えるという役目を担っているのではないか。人には赦しが必要であることを教える十戒は、実は神が人を束縛するものではなく、赦しへと人を導く良いものなのだろう。

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