カテゴリー : 2011年の作品

クリスマスの夜は

先日のことだが、ちょっとばかり買い物をする用事ができたので仕事帰りに伸びない足を伸して、久しぶりにみなとみらいまで行ってきた。ところで毎年今くらいの時期、つまりクリスマスが近づいている頃であれば、お店や公共の施設の集まっている通りや広場の街路樹などは、もしも私の記憶違いでなければ、きらめくイルミネーションで飾られていたと思うのだが、今年は八時をちょっと回ったというだけなのに、妙に暗いという印象を受けた。なるほど考えてもみれば、今年は震災の影響で節電、節電と言われているので、おそらくその影響だろうか、必要のない照明をやめたらこうなったのだろう。時代の潮流に合わせたというのであれば、仕方がないことなのだろう。それにしても味気ないものだというのが、私の第一印象である。夜中ぶっ通しで煌々と電気を照らせとまでは言わないから、せめて人通りがある時間帯くらいはイルミネーションくらいつけても構わないのではないかと思ってしまうのだ。もっとも私が出掛けていったのは平日の夜のことだから、もしかしたら週末や休みの前日はそうでないのかもしれないが……。

もちろん夜が暗いのは当然のことと言われてしまえばそれまでのことだろう。いったい今までどれだけ明るく照らされた夜を過ごしてきたのかと、改めて考えさせられてしまうこともあるし、灯りで照らされた夜を過ごすことに慣れてしまったがために物足りなく感じるというのも否めない。とくにこの時期は単純な照明を通り越して、華やかと言っても良いほどに照らされ、飾られている夜の世界が存在することを当然と思っていたので、どうにも違和感を覚えてしまうのである。
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クリスマスツリーに願いを

十二月のこの時期にクリスマスツリーを様々な場所で目にすることは、これといって珍しい光景ではないのだが、ここ二、三年妙なクリスマスツリーを見掛けることが増えたような気がする。ちょっと見た目には、いわゆる日本で見られる平均的なツリーと違うところはないのだが、よくよく見ると「願い事」が書かれたカードのようなものがぶら下がっていたりするのだ。色や形こそ違えど、七夕の短冊のようなものなのである。以前はあまりなかったと思うのだが、私が今まで気付かなかっただけなのか、それとも本当にそのような飾り付けをすることが増えてきたのか……真相は謎に包まれたままである。

七夕に願い事を書いた短冊をぶら下げるようになったのが、昔からのものなのか、それとも近年誰かが思いついたことなのか私には分からないが、どうやら本来の七夕の意味からはずれたイベント的なものになってしまったのではないかと思うのだ。ましてや一般的な日本人にとっては海外渡来の宗教行事であるクリスマスである。おそらく本来の意味を理解するでもなく、年中行事として楽しんでいる人々の方が多いであろう。文化的背景が異なるから仕方がないと言えば仕方がないだろうが、それにしても七夕の短冊なみに願い事を書いた紙をクリスマスツリーにぶら下げるというのは、何とも不思議と言わざるを得ない。もっとも発案した人にしてみれば「何という妙案!」と言いたいところなのかもしれないが、私にしてみれば「何という珍妙!」と言いたいくらいだ。
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イタイの忠信

遠い昔、イタイと言う男がいた。いや、冗談ではなくて、本当の話である。なんと言っても聖書に登場しているのだから。それにしても痛い……ではなくて、イタイとは何と痛々しい名前であろうか、などと思うのは日本語の分かる人だけだ。まぁ、つまらない話はこれくらいしにて、このイタイという人物であるが、聖書によるとガテ人であったという。ガテ人とはどこの地方の人であるかというと、ヨシュア記の記述によれば、実はペリシテ人の国であった。つまりこのイタイというのは、ペリシテ人だったと考えてもよいだろう。そもそもイスラエル人とペリシテ人とは敵対関係にあるはずなのであるが、なぜイスラエルの王であるダビデのもとに彼は身を寄せていたのだろうか。彼だけならまだしも六百人のガテ人が一緒にいたという。理由は何であれ、彼らがダビデのことを信じて、頼ってきたのは確かであろう。

ところでこの頃、イスラエルは大変に困難な状況にあった。何が起こっていたかというと、ダビデの息子の一人であるアブシャロムが父であり王であるダビデに対して謀反を起こしていたのだ。アブシャロムと言えば、妹を襲われた仕返しに異母兄アムノンを二年経った後に殺害した彼のことである。たとえ事情はあったとしても、兄を殺したうえに、父に反旗をひるがえすとは、それだけを考えるとずいぶんと凶暴な人物であるように思えてしまう。
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アムノンの恋煩い

遠い昔、アムノンと言う男がいた。彼はダビデの長男であった。王の長男であることを考えると、本来であれば彼は父の後を継いで王となるべき人物である。さて彼が父のように神を信仰し、また民から信頼されるような人物であったかどうかというと、どうも疑問である。何と言っても、聖書には彼について細かいことが何も書かれていないからだ。たったひとつのことを除いては、彼については良いことも悪いことも書かれていないのだ。これは私の想像でしかないが、もしかしたら記録に残るようなところが何一つとしてない、言うなれば凡庸な人物だったのかもしれない。

そんなアムノンであったが、唯一彼が聖書に名を残しているところは、今から見ようとしている、どちらかといえば周囲から見れば個人的に過ぎるというか、本人にとってはむしろ不名誉とも言える出来事についてである。それというのも彼は妹であるタマルに恋をしていたのだ。私はひとりっ子なので兄弟を持つということの感覚がまったく分からないのであるが、果たして兄が妹に対して恋心を抱くことなどあり得るのだろうか……と考えてしまったわけだが、実はアムノンとタマルは異母兄妹であった。そう考えると、兄妹とは言えども、どこか他人として相手を見るところもあったのかもしれない。ところでアムノンがタマルを思う気持ちは半端なものではなかったようだ。聖書にこのように書かれているほどである。「アムノンは、妹タマルのために、苦しんで、わずらうようになった。」(Ⅱサムエル記13章2節)これぞ文字通り、恋煩いである。
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ツィバの告白

遠い昔、ツィバと言う男がいた。彼はサウルのしもべであったということを除いては、特に目立つところが何もない人物であった。さて前回も見たように、サウルの一族とダビデの一族との関係は、あまり穏やかなものではなかった。しかし彼らの間にどうすることもできない憎しみがあったのかどうかといえば、少なくともダビデの視点から言うならば、そうでもなかったようだ。それを示す何よりもの証拠は、サウルと彼の息子ヨナタンの戦死を知ったときに、ダビデがひとつの哀歌を残したという事実がある。ダビデはこう歌っている。「サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、わしよりも速く、雄獅子よりも強かった。」(Ⅱサムエル記1章23節)神に油注がれた者としてダビデは、神に背を向けてしまったサウルに対して妥協することのできないところがあっただろうが、かつての王として、年長者として、人間としてサウルに対して敬意を持っていたことだろう。

そう考えてみると、もしかしたらダビデ本人はサウルの家と争うことを望んでいなかったのではないだろうかと思えてくる。やむを得ない事情や周囲の状況ゆえに、結果としてそうせざるを得なかったのかもしれない。彼の本心はおそらく彼のこの言葉に表わされているのではないだろうか。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。……サウルの家の者で、まだ、だれかいないのか。私はその者に神の恵みを施したい。」(同9章1、3節)
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