カテゴリー : 2013年の作品

イエスはキリスト

クリスマスが無事終わった、というのもヘンな言い方かもしれないが、嵐が過ぎ去ってひと安心、というのが正直な感想である。はやくも街の中はクリスマスの飾りが片付けられてしまい、つい先週まではケーキやらチキンやらを売っていた店先では、年越しそばやらおせちやらを売り出すようになった。つくづく思うに、切り替えの早いものである。個人的には、もう少しクリスマスの余韻に浸ることができれば、と思うのであるが、現実的に考えるのであれば、クリスマスと新年の間にわずかな日数しかないのだから、無理のないことだと自分を納得させるしかない。

しかし、たとえ一晩にしてクリスマスの雰囲気が街から消えてしまったとしても、その意味であるイエス・キリストの誕生に変わりはない。当たり前のことであるが、例えば私の誕生日が過ぎたからと言って、私という人間がいなくなるわけではない。ただ人が私のことを特別に覚えてくれるというだけで、誕生日には私が特別いつもと違う何者かになるというわけでもない。だから誕生日の前でも、誕生日の当日でも、誕生日の後でも、私という人間に違いはないのである。もちろん、年齢をひとつ加えたという違いはあるだろうが、それ以上でもそれ以下でもない。
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クリスマスの楽しみ方

アメリカ贔屓と言われてしまうかもしれないが、クリスマスの時期になると、アメリカで過ごした学生時代の頃が懐かしくなり、どうしてもアメリカに行きたくなってしまうのである。こればかりはどうにも抑えることができない。私の中ではクリスマスといえばアメリカのクリスマスがイメージされるのである。ヨーロッパのクリスマスでもなければ、日本のクリスマスでもない。日本のクリスマスは商業色が濃いと言われているようだが、私の経験から言わせてもらえば、むしろアメリカの方が商売っ気丸出しのようである。なんと言っても、クリスマスの前にはどこでもクリスマスプレゼントを見込んだセールを開催するし、クリスマスが終わった後には交換や返品されたプレゼントがアウトレットに並ぶとも言われている。日本人の感覚では理解に難しいところかもしれないが、アメリカでは気に入らないものは返品や交換もできたりするのだ。俗的に考えると、商売する人たちにとっては一番の稼ぎ時らしいのだが、それも含めて私にとってのクリスマスの雰囲気といえば、やはりアメリカなのである。

今でも思い出せることがいくつでもあるが、そのひとつにたとえばこのようなものがある。ある年のクリスマスに、知人の家に夕食に招かれたのだが、食事の前に食卓を囲むひとりひとりが一年を振り返って、感謝だったことを話すのだ。もちろん招かれていた私にも順番が回ってきたのだが、何を話したのかまでは思い出せない。おそらく食事に招かれたことを感謝だと言ったかもしれない。いきなり感謝なことをひとつ挙げろと言われても、なかなか思いつかないものであるから。なぜそうするのかと、後で教えてもらったのだが、その理由はこうだそうだ。神がひとり子であるイエス・キリストを人に与えられたことに対する、感謝の気持ちを表すためのひとつのやり方であると。
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クリスマスはいつ、誰のため?

クリスマスと聞いて冬を連想してしまうのは私だけではないだろう。実際、クリスマスは冬にやってくるのだから、そうだとしても何ら不思議なことではない。それにサンタクロースは北極圏の出身だし、スノーマンにいたってはその名の示す通り雪で作られていることを考えると、やはりクリスマスと冬はイコールではないにしても、切り離して考えることができない深い関係にあるようだ。それもあってか、クリスマスと聞くと、私などはそれこそ有名な「ホワイトクリスマス」に代表されるような、雪がしんしんと降る情景を思い浮かべてしまう。とは言っても、私の記憶には、今までにそんな絵に描いたようなクリスマスに出くわしたことがないから、単なる私のあこがれでしかないのだが。だが現実的に考えてみると、もし雪が降ったとしたら、元々が雪国生まれでもなければ、雪国に住んだ経験が皆無の私にとっては、生活するのに非常に困ってしまうことだろう。

だが冷静になって考えると、クリスマスと冬は関連があるわけではない。というか、関係はまったくない。はからずも中学の時の英語の教科書に載っていた、常夏のビーチにいるサンタクロースの写真が思い出されてしまったが、南半球や赤道付近、たとえばオーストラリアやハワイでは、クリスマスは夏にやってくるのである。私にとっては想像することさえ難しいが、その土地に住んでいる人たちにとってはそれが普通なのだろう。
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暦の上では

十二月に入ってしばらく経ったなぁ、なんてことをぼんやりと考えていると、色んなことが頭に浮かんでくるわけだが、そのひとつに「暦の上ではディセンバー」が登場している。知っている人は知っているだろうが、過日話題になったNHKの朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の中の劇中歌のひとつである。これといって最初の方は見ようとは思わなかったのだが、どういうわけだか途中からはまってしまった。それにしても2013年度上半期放送分だから実際には十二月に放送されたわけではないのだが、まぁ、物語の中では十二月の設定もあったのだろうから、ディセンバーがあっても構わないのだろう。さて立冬からひと月ほど経って、暦の上ではすでに冬である。

ところで冬と聞いて、私の頭に浮かんでくる言葉に「冬季限定」とか「冬限定」というものがある。どうにもこの言葉に私は弱い。これらが書かれているものに自然と目が向いてしまうのである。最近ではドトールコーヒーの店先で宣伝している「ラムレーズン・ミルクレープ」であろう。謳い文句は「冬限定!季節のミルクレープ」である。これが気になってどうしようもない。冬が終わってしまう前に是非とも一度は食べてみたいものであるが、どうも宣伝を見るだけで、なかなか店に入る余裕がないのが現実である。まことに残念なことである。
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繰り返すこと、繰り返さないこと

気がついてみたら、今年も十二月になってしまった。年々時間の過ぎていくのが早く感じられるようになっていくのは、なぜだろうか……なんてことは、いくら考えたところで答えなんか見つからないだろう。それはそうとして、一年の終わりが近づくにつれて、果たして今年は何かをやり遂げたのだろうかと考えることがしばしばである。で、何か成したかと言えば、何もないのが現実だったりするのだ。日常の様々なことに追われているうちに、時間が過ぎてしまったようである。このままではいかんなぁと後悔と反省を重ねるのだが、たしか一年前も同じようなことを考えていたような。もしかしたら、さらにその一年前も。いやはや二度あることは三度あると言うかと思えば、歴史は繰り返すとも言う。けれども今から一年先のことを案じるのは、それはそれで意味がない。来年こそは何事かを、と思うのであるが、これも今まで通ってきた道であろう。

さて十二月と言えば年末であると同時に、クリスマスの季節でもある。慌ただしい日常に呑まれて、脇目も振らずに過ごしていたら、十一月の暮れの街はクリスマスの粧いを呈しているのを見て、そういえばクリスマスか、と気づいたくらいである。
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