カテゴリー : 2017年の作品

迫害されていない時こそ

我が国、日本におけるクリスチャンの人数が人口の1パーセントにも満たないというのは、今さら言うまでもないだろう。なぜなのか、考えてもみれば不思議なことである。中東のイスラム諸国や、北朝鮮のような権威主義体制が敷かれている国々においては、国家や体制が定めた中での限定的な信仰が認められているか、もしくは信仰の自由などまったく認められていないというのが現実である。普段はあまり考えないが、キリスト教に対する迫害というのは、今現在も続いているのだ。ある米国のNPOの調査によると、クリスチャンに対する迫害が最も激しいのは、イスラム主義が主流の中東の国々ではなく、実は日本の隣にある北朝鮮であるという。

幸いにも海をひとつ隔てた我が国では、信教の自由が以下の通り憲法で保障されている。「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」(日本国憲法第20条第1項)当然ながらクリスチャンであるということで迫害されることは、まずない。実際、私は自身の信仰を別段隠しもせずに公けにしているが、それが原因で他者から否定的な反応をもらったことがない。珍しいとか、意外だとか、場合によってはなぜだか褒められたりとか、肯定的に見られている。
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つまずきの石

律法学者や祭司長などの指導者たちとの対立の後、イエス・キリストは人々にあるたとえ話をされた。その場に集っていた人々に向かって話をしたということは、当然ながらイエスとの議論に決着をつけることができずに不満に思っていた指導者たちも、まだそこにいたに違いない。イエスの話されたたとえはこうであった。「ある人がぶどう園を造り、それを農夫たちに貸して、長い旅に出た。そして季節になったので、ぶどう園の収穫の分けまえをもらうために、農夫たちのところへひとりのしもべを遣わした。ところが、農夫たちは、そのしもべを袋だたきにし、何も持たせないで送り帰した。そこで、別のしもべを遣わしたが、彼らは、そのしもべも袋だたきにし、はずかしめたうえで、何も持たせないで送り帰した。彼はさらに三人目のしもべをやったが、彼らは、このしもべにも傷を負わせて追い出した。ぶどう園の主人は言った。『どうしたものか。よし、愛する息子を送ろう。彼らも、この子はたぶん敬ってくれるだろう。』ところが、農夫たちはその息子を見て、議論しながら言った。『あれはあと取りだ。あれを殺そうではないか。そうすれば、財産はこちらのものだ。』そして、彼をぶどう園の外に追い出して、殺してしまった。こうなると、ぶどう園の主人は、どうするでしょう。彼は戻って来て、この農夫どもを打ち滅ぼし、ぶどう園をほかの人たちに与えてしまいます。」(ルカの福音書20章9~16節)

そしてイエスの話を聞いて、人々はこう言った。「そんなことがあってはなりません。」(同16節)
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答えない神

商人たちを神殿から追い出した後、イエス・キリストはようやく落ち着くことができたに違いない。神の宮で、神のみことばを人々に教えるという、神と人との橋渡し役としての務めを果たすことができるようになったのだから。ところで、ルカの福音書にはこのように書かれている。「イエスは毎日、宮で教えておられた。祭司長、律法学者、民のおもだった者たちは、イエスを殺そうとねらっていたが、どうしてよいかわからなかった。民衆がみな、熱心にイエスの話に耳を傾けていたからである。」(ルカの福音書19章47~48節)イエスや民衆たちが神殿で過ごす日々に満足していた時、どうやらそのような状況に納得することのできない人々もいたようである。宗教家に律法学者、それに指導者たちは相変わらずイエスに対して不満を抱いていたようである。いや、イエスの命を奪おうと画策していたことを考えると、単なる不満というものではなかっただろう。それは憎しみというべきものだったのかもしれない。彼らにとってはイエスや彼に従う者たちと和解をするというのは、そもそも選択肢としてなかったのであろう。もはや、彼らにとってイエスを排除することのみが、大げさに言えば、人生の目的になっていたのかもしれない。しかしながら人々がイエスに傾倒している現状では、そうすることも難しかった。まずは人々の心をイエスから引き離さなければならなかった。さもないと、このままでは群衆を敵に回すことになってしまい、それでは彼ら自身の立場はもちろんのこと、命そのものが危うくなってしまうだろう。

指導者たちは、まずはイエスを責めるだけの正当な理由が必要だった。イエスがいつものように人々に話していると、彼らはやってきてイエスにこのように聞いた。「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。あなたにその権威を授けたのはだれですか。それを言ってください。」(同20章2節)
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神なき神のすまい

イエス・キリストは情が厚い人だった。彼は喜ぶ人と共に喜び、悲しむ人と共に悲しむ、そのようなお方だった。神はけして雲の上の高みから人々の営みを眺め、地上の人々がどのように感じているかということに無頓着なお方ではない。神はイエス・キリストというひとりの人として、この地上で人々と共に生活し、人々の喜怒哀楽を分かっているのである。またそのような人々の思いに共感される心の持ち主であった。私などは情が薄く、人がどう感じていようと、それはその人の問題であって私の問題ではないから、と無関心でいるだろう。要するに私にとって人の喜怒哀楽というのは、どうでもよいことなのである。ことさらそれで不便を感じたこともなければ、申し訳ないと考えたこともないので、まぁ、これが私の性格なのだろうと思う。救い主であり神でもあるイエス・キリストが私のような薄情ものでないことは幸いである。

さて、イエス・キリストの情というのは、彼の周りにいる人々に対しての慈しみとか、哀れみとか、そのようなものに端を発していることが多いように思われる。もちろん、彼が情に流されやすいとか、そういう単純なことではないだろう。おそらく彼にとっては、彼自身がどのように感じているかということよりも、周りの人々の思いに心が向いてしまうだけなのかもしれない。自分の思いや感情を抑えているというわけでもないだろうが、どちらかと言えば他人の気持ちに共感すること、他人の思いを知ろうとすることを大事にしていたのだろう。
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エルサレムのために泣く

人々に歓迎されながら、イエス・キリストはエルサレムにやってきた。人々が喜びに満たされて大声で神を賛美しながら彼を迎える中、彼は何を思っていただろうか。彼の心はどのように感じていたのだろうか。人々に歓迎されることに喜びを感じていただろうか。ようやくエルサレムにたどり着いたという感慨にふけっていただろうか。彼の顔に浮かんでいたのは笑みだったろうか。彼の口から出たのは、安堵の溜息だったろうか。その時のイエスの様子が、聖書にはこのように書かれている。「エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて」(ルカの福音書19章41節)

エルサレムの都より少し高いところにあるオリーブ山から、繁栄を誇り、多くの人々が暮らしている都を眼下に見て、イエス・キリストはその都のために泣いたのだ。イエスのそのような様子を見た人々は、もしかしたら彼が感動して涙を流しているのか、そう思ったかもしれない。しかし今までのことを振り返ると、はたして彼が感動して涙を見せたことがあっただろうか。イエスが前に涙を見せたのは、ラザロが死んだときのことだった。その時の涙は、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じたからではなかったか。(ヨハネの福音書11章33、35節)彼の心を動かすものは喜びなどではなく、むしろ悩みや苦しみや心配と言った、おおよそ好ましくない感情によることの方の方が多いのではないだろうか。
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