テオピロへ 46・終
パウロたちが島に漂着してから三ヶ月経った頃、島の港で冬を過ごしていた別の船が出帆することになった。そしてパウロたちもその船に便乗することにした。船を乗り継いで彼らはようやくのことローマに到着することができた。ローマでの彼の待遇はすこぶる良かったらしい。彼は一人で住む家を与えられ、囚人として牢屋に拘束されることもなかった。彼は一人の自由な人間として生活することを許されたのだった。そればかりか警護の兵士も与えられたというから、まるで貴賓のような扱いである。いや、それとも本当のところは、彼を見張っておくための口実だったのであろうか……などと疑ってはきりがないだろう。しかし冷静に考えてみれば、パウロは自らの意志に反して無理矢理にローマに連れてこられたのではなく、彼から望んでやってきたのである。そのような彼がこの期に及んで、逃亡することなどまずなかったに違いない。それどころか、一部の熱心なユダヤ人たちがパウロの命を狙っていたことは、ローマ人でも気付いていたに違いない。そうすると、やはり純粋にパウロの身の安全を守るために、兵士が彼のそばにつけられていたのだろう。
ローマについて三日経った頃、パウロはローマに住んでいたユダヤ人たちのうちで主だった人々を呼び、自分はユダヤの民や律法に逆らうことは何一つしていないことを訴えた。ところが、彼らはパウロの話を聞いても彼を追及するようなことはしなかった。彼らが言うには、エルサレムからパウロについての知らせは何も届いていないということだった。またエルサレムからやってきたユダヤ人たちも、パウロについて悪く言う者は誰もいないということだった。もっとも、パウロが伝えようとしているナザレの一派の教えていること、すなわちキリストの福音については、各地で非難の的になっているとの噂を聞いたことがあると彼らは言った。
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