創世記Ⅰ
さて、今回からは旧約聖書の創世記を見ていきたいと思う。とは言っても私は牧師でも伝道師でも宣教師でも何でもないので、たいしたことは書けないだろうし、人に何かを教えようなどという考えもない。もっとも大学で聖書を学んだことはあるし、聖書の勉強会で何度か教えたことはあるが、それは遠い昔の話である。まぁ、十年とちょい前を遠い昔と呼ぶかどうかには異論があるかもしれないが、会社員をやっている今、学生をやっていたあの頃を振り返ると遙か昔のことに思えてしまうのである。
それはそうと、聖書は神学を勉強した人のために書かれた本ではない。誰か特定の人たちを読者として視野に入れて書かれた本でもない。聖書という一冊の本は何世紀もの時間を経て完成されたものであって、書く前に読者を想定することはまず無理なことでもあり、あり得ないことでもある。確かに、聖書の中の個々の書だけを見て言うならば、「誰々の手紙」という書があることからも分かるように、筆者が意図した元々の読者というのがいるだろうが、彼らだけが読者であるのならば、聖書に残り後世に伝えられるようなことはなかったであろう。
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