カテゴリー : いわゆる日記

よみにくだり

出張途中の電車の中でうとうとしていたら、ふとひとつのことばが頭に浮かんだ。何であるかというと、使徒信条の一節である「よみにくだり」という部分である。英語で言うと”he descended into hell”という箇所である。主語の”he”(彼)とは、すなわち前後の文脈から明らかなように、イエス・キリストのことである。つまり「イエス・キリストがよみにくだった」というような文章が、ぽっと頭に浮かんだのである。妙な映像が頭の中で再生されながら、このことばが出てきたのだから、まぁ、インパクトはでかい。

ちなみに使徒信条(=Apostles’ Creed)というのは、クリスチャンであれば誰でも知っていることであろうが、そうでない方々のためにひとことで説明すると、キリスト教の基本的な信仰を文章に表わしたものである。基本中の基本なので、カトリックとプロテスタントでもその内容は同一であるし、プロテスタントも色々な教派に分かれているが、使徒信条はやはり同じ内容である。極端な話、キリスト教と言いながら、使徒信条を受け入れていなければ、怪しい新興宗教と思って間違いないだろう。その起源は西暦390年までさかのぼるらしが、細かいこと置いておくとしよう。
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読書

私の趣味は読書である。などというと、私にはまともな趣味がないと思われてしまいそうである。昔から、読書が趣味と公言するのは、他に趣味がない人の言い訳程度にしか思われていなかったのではないか。なんとも本当の読書好きにとっては、残念なことである。それがため、今までの人生、「趣味は?」と聞かれて、偽りの回答を何度してきたことか……。

まぁ、見方にもよるだろうが、外に出掛けるわけでもなく、人と一緒に何かするわけでも、建設的なことをするわけでもなく、創造的なことをするわけでもなく、活動的なことをするわけでもなく、ただ黙って一人で黙々と本を読む姿というのは、他に生きる喜びというか、楽しみというか、目的というのがないように思われてしまっても仕方がないっちゃ仕方がない。
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似たものを見る目

今朝、南町田の改札口を出たら、似たような髪型の人を目撃した。もちろん、似たような髪形の人を見たのは今回が初めてのことではない。街の中や、電車に乗っているときや、こともあろうか近所のスーパーとか、案外色々な場所で目撃したことがある。最初はこんな突飛な髪型をしている人は、極めて稀だろうと思っていたのだが、どうもそうではないというのが真実のようである。絶滅危惧種と思いきや、実は繁殖していたという、皇居のお堀で見つかった水生植物のようである。他にやっている人がいるということは、それなりに世間一般で「流通」しているのだろうかとか、もしそうなら「正式名称」とまではいかなくとも「呼称」でもあるのだろうかとか、あれこれと考えてしまうのである。挙句には「ははぁん、みんなオレの真似をしているんだな」とちょっとうぬぼれたことさえ考えてしまうという具合だ。いい気なものである。

しかしちょっと見方を変えてみると、こう考えることもできるのではないだろうか。つまり私の髪型というのは、私が期待していたほどに珍しいものではないということだ。確かに一般的ではないし、かなり珍しいものかもしれないが、私が第一人者というわけでもないだろうし、広い世界に私だけというほどのものでもないだろう。

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円高

最近……でもないかもしれないけど、円高が続いている。輸出関連の業種は相当窮しているようであるが、一般人の私の立場からしてみれば、ものは考えようというか、与えられた機会をどのようにして生かすかということを考えると、海外で買い物をするに限る。もっとも外貨預金をしている人たちにはあまり嬉しいことでもないだろうが、幸い私には外貨預金をするほどの予算もない。もっとも今ドル建で預金をしておけば、将来ドル高になったとしたら、懐はだいぶ温かくなるだろうとは思うのであるが、いかんせん私には相場を読むだけの才能がないので、何もしないのが無難であろう。何もしなければ、利益もあげないけれども、損もしない。聖書でいうところの「悪いしもべ」のようだなぁと思うのであるが、あれは神からの賜物をどう使うかのたとえ話であり、私の預貯金の話ではないから、悪いしもべということもあるまい。

さて円高である。円の価値が他の通貨に勝っているということか、少なくとも米ドルと比較すると、円の価値が半端じゃない。一時期1ドル130円だったことを考えると、なんと50円ほども違っているではないか。10ドルの買い物をするのに、以前であれば1300円必要だったのが、今ならたった800円で済むのだから、これは海外で買い物をしたほうが得ではないか。勝手な予想であるが、この夏は海外旅行に出掛ける人が多いのではないだろうか。なんせ電力不足で節電が迫られている日本でただでさえ暑い日本で過すよりは、海外で過したくなるだろう。しかも、今なら物価も安く感じられるかもしれない。私に予算と時間があれば間違いなく海外に逃げていることだろう。
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絆なんかでいいのか

住友生命が「日本の未来を強くするために必要なものを表す漢字一文字」を募集するためのアンケートを実施、その結果が昨日8月2日に公開されたという記事を今朝の新聞で読んだ。それによると1位は「絆」で1419票、2位の「愛」は大きく引き離されて464票、3位は「信」となった。10位までは以下の通りとなっている。4位「力」、5位「心」、6位「結」、7位「和」、8位「金」、9位「夢」、10位「忍」だそうだ。なるほど、なるほど。「絆」なんて漢字はおそらく3月11日以前はあまり注目を浴びることがなかったような気がするのだが、はたして私の思い違いなのであろうか。

これを読んで私が真っ先に思ったことは「日本に未来はないのではないか」ということであった。「絆」とか「愛」とか、たしかにそう言ってしまうと、響きは良いと思う。いずれにしても前向きで肯定的な意味を持った一文字であるから。でも、「絆」にしても「愛」にしても、それは人と人のつながりの間で存在するモノであろう。どちらかという、人と人を結びつける感情だの気持ちだのといったものを表わすための一文字ではないか。はたしてこれが日本の未来を強くするのかどうかという視点で考えると、ちょっと首を傾げてしまうのは私だけだろうか。
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