カテゴリー : いわゆる日記

言行録

聖書にはこう書いてある。

「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。」(マタイの福音18章3節)

なるほど、幼子のような純粋な心を持ちなさいということであろうか。うーむ、それはちょっと難しい。それでは幼子のように素直な心を持ちなさいということであろうか。うーむ、やはりそれも難しい。キリストはなかなか難しいことを要求するものである。悔い改めることはできるにしても、子どもたちのようになるというのは、実現不可能なことに思えてならない。なんといっても、どのようにしたら自分が利益を得ることができるだろうかとか、どうしたら自分のやりたいようにできるだろうかとか、極めて利己的なことばかりを考えているのが現実である。
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自ら助くる者

「天は自ら助くるものを助く」もしくは「神は自ら助くるものを助く」ということわざがある。英語で言うところの”God helps those who help themselves.”もしくは“Heaven helps those who help themselves.”ということわざを訳したものである。「天(Heaven)」とか「神(God)」とか出てくることから、聖書のことば、もしくは聖書に由来することわざと勘違いされてしまうことが多いようだが、これは聖書のことばでもなければ、聖書に由来するものでもない。聖書に忠実かどうかという観点から言えば、「豚に真珠」「目から鱗」ということわざの方がより聖書的であると言えよう。

では聖書に由来しないのであれば、語源はどこにあるのだろうか。

諸説あって、私にはいずれが正しいのか分からない。18世紀の米国の政治家であり科学者でもあったベンジャミン・フランクリンという説もあれば、17世紀の英国の政治家という説もある。かと思えば古代ギリシアに起源があるという意見もある。どれが正しいのかは、きちんと調べれば分かるかもしれないが、そんなことを調べる余力もないし、そもそも語源がどこにあるのかが論点ではない。
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6億4百万円

6億4百万円と言えば、先日の警備会社強盗事件の被害額である。何でも国内における強盗事件のうちで最高の被害額ということらしい。それにしても、自社ビルや自社倉庫を持っているわけでもない、マンションの一室にある営業所に6億などという巨額の現金を保管しているとは……まぁ、世の中分からないものである。それだけの現金であれば、もっと警備の厳重な場所に保管しておいて然るべきではないのかとも思うのだ。なんでも被害にあった日月警備保障という警備会社は過去にも被害にあったことがあるというではないか。職務柄危機意識は持って然るべきであろうに、なんともお粗末なものである。

さて、今日のニュースによると、実行犯2人のうち30代の男が捕まったというではないか。もう1人の容疑者は逃亡中であるらしい。善良な市民であれば「犯人が捕まってよかった!はやくもう1人も捕まればいいのに」と思うところであろうが、非善良な市民である私はこう思ったのである。「なんだよ、あっけない。ツマンネー。」
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クリスチャン

私は世間一般で言うところのクリスチャンである。しかし私はクリスチャンという言葉があまり好きではない。そうは言っても便宜上、人から聞かれたら私も自分のことをクリスチャンと言うであろうし、同じような理由で人からクリスチャンと呼ばれることに関しては妥協している。私の信仰上の立場を現わす最も簡便な言葉が「クリスチャン」なのであるから、仕方あるまい。

ではなぜ私はクリスチャンという単語が好きではないのか。ひとつの理由としては、誰でもクリスチャンという言葉が表す意味を知っているがために、そこに込められた意味があくまでも外見的なものでしかないからだ。クリスチャンというと、誰でも思い浮かべるのが「キリスト教徒」ということであろう。つまりキリスト教という宗教に属している人々を示すときに使うのがキリスト教徒でありクリスチャンなのである。まぁ、便宜上これでも私の立場を現わすことに違いはないが、しかしそれはあくまでも立場的なものでしかない。要するにキリスト教の底流にある信仰については説明しきれていないからだ。もっとも一言でキリスト教とは何ぞやということを説明するのは難しい。というよりも、無理がある。

まぁ、ひとつの単語にそこまで求めるのは贅沢というものかもしれない。ちなみに私が好みで使う呼び方としては、私のブログのタイトルでも使われている「キリスト者」という言葉である。あまり一般的ではないかもしれないが、「キリストを信じる者」という意味で私は使っている。余談だが「キリスト教」という言葉も私は好きじゃない。
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混乱と英断と

さて今朝の新聞によると、福島第1原発では海水の注入が一時的に中断されていたと一部で言われていたにもかかわらず、実際には現場所長の判断で注水が継続されていたというのが事実であったという。昨日までは注水が55分間ほど中断されていたというのが事実として捉えられており、それを前提にして、混乱していたのが政府であり東電でありマスコミであり世論であった。東電に言わせれば、官邸に報告したと言うし、官邸側に言わせれば、そんな話は聞いていないし、聞いていないことには何の指示も出していないと言う始末で、もはや何がなにやら分からない、果たして真相はどこにあるのか、なかなか見極めがつけられない状況であった。

結果として本社からの指示を無視したことになるのであろうが、現場の判断によって一番重要であった原子炉を冷却するという作業は継続されていたということのが「事実」であった。現場をよく知る人物が最終的に独断で注水継続を決定したということによって、おそらく被害が不要に広がることを防ぐ結果になったのかもしれない。上層部からの指示を無視してあえて現場にいる自らの経験と考えで行動した、所長が下した決断は、おそらく英断とも言えよう。

しかしこれだと結果オーライということで、指示系統が機能していたのかどうかが曖昧なままになってしまいそうな気がしなくもない。果たして今回の教訓が今後生かされることになるのであろうか。
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