カテゴリー : 私の歩み

変わったことは何か?

私は悩んでいた。クリスチャンになろうか、すなわちイエス・キリストを救い主として信じることで自分の罪が赦されて天国に行くことを保証されるか、それとも今のまま中途半端な立場でいようか、と決めかねていたのである。しかし、教会でしばらく前に聞いた話がもし本当であるのならば、このまま自分の罪は赦されないだろうと信じて生きていくことは、ただでさえ罪深い自分自身をさらに「不信仰」という罪で上塗りしてしまうようで、それもあまり気分のよいものではなかった。

さて、そのようなことを考えていると、神学校に通っているという髪を伸ばしたあの日本人が以前に言った言葉が思い出された。彼とはキャンプが終わった後も何かの機会で一緒になったことがあるので、おそらくその時に聞いたことかもしれない。きっと、私は彼にクリスチャンになろうかなるまいか考えているところだ、と言ったことがあったのかもしれないが、今となってはよく覚えていない。
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サマースクール

「神様のことを信じていながら、神様が罪を赦すことができないと考えているのなら、それは間違っています。それは本当に神様を信じていることにはならない。」

さて、信仰を持っていなかったとはいえ、神様という存在を私は信じていた。そのようなわけで、この人の言葉はあたかも私に向けられて語られているかのように思えたのである。確かに、その時の私の状況にぴたりと当てはまっていたと言えよう。漠然とではあるが私は神様の存在は信じていた。しかし、その神様が私の罪を赦すことはできまいとも思っていたのである。それが果たして間違っているかどうかを考えたことがなかったのは、おそらくそれが当然のことのように私には思えていたからだろう。しかし、この人が言うことが本当ならば、私の考え方、思ってきたことは過ちということになる。
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平穏な日々

実に不愉快な思いをさせられながら朝を終えたが、マッスルマンさんにメキシコ料理をご馳走になったので、だいぶ気分がすっきりした。やはり食べ物は人を元気にさせる不思議な力をもっているのだろうか。さて、家に戻り、キッチンで一休みをしていると、キムさんとブルースさんが、こう聞いてきた。

「どうだろう、そろそろクリスチャンになってみては?」
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天国に行けないイコール地獄に落ちる

さて、不思議なことに人に衝撃を与えるようなことは続いて起こるものである。クリスチャンが天国に連れて行かれてしまったと勘違いをした時から、それほど時間を経ていないある日曜日のことであった。教会でそれは起こった。

ところで、熱心なまでに信心深いマッスルマン家は欠かすことなく日曜日になると必ずと言っていいほど教会に通っていた。自然、そのようなマッスルマン家に従って私自身も日曜日には教会に通うようになっていた。そのおかげで教会にもだいぶ慣れることができた。礼拝をする以外に教会で何か特別なことをするというわけでもないのだが、信仰を持っていない私でさえも、他のクリスチャンと一緒に賛美歌を歌い、そして聖書の話に耳を傾けるというのは、心が洗われるような気持ちになり、クリスチャンではなくても、信仰を持っていなくとも、なんとなくクリスチャンに一歩近づいた、神様に一歩近づいた、そのような気がするのであった。
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冷汗をかくような経験

ということは、マッスルマンさんたちが話していた夢物語のような話は、もしや本当だったのか。もしそうであるならば、クリスチャンではない私を残したまま彼らが消えてしまうのことも、ありえないことではなかった。しかし、まさかその時がこんなにも早く来るとは半ば信じられなかった。だが、クリスチャンであるマッスルマンさんたちが、私が気付かぬ間にいなくなっているのは明らかなのである。

さて、マッスルマン一家がいなくなってしまった理由が掴めてくると、これからどうしたらいいのだろうかと今度は不安になってくる。一人後に残されたことが分かると、晩御飯はどうしようか、今夜もここで休んでいいのだろうか、はたまた他人事ながら彼らの家や車その他諸々の所有物をどうしたらいいのだろうか、などと現実的な目の前の問題が気になってくるである。消えてしまった方はそれでいいのかもしれないが、残されてしまった方はたまったものではない。空き巣に遭った時には、警察に連絡するなどそれなりに常識に従って行動をすることにより解決できたが、今回ばかりは前代未聞なことだけに常識も何もあったものではない。それこそ、世界中のクリスチャンがマッスルマンさん一家同様に消えてしまったのであるなら、おそらく私のいるところだけではなく世界の至る所で大混乱となっていることだろう。しかも、カネシロさんたちのように困った時には頼ることができそうな人たちもやはりクリスチャンであるから、同じようにいなくなってしまったであろうから、彼らに連絡することもできない。さて、どうしたものか、と玄関の前でぼんやりと突っ立っているばかりであった。
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