「是非、そうさせてください!」

さて、私にとって初めての礼拝というものである。宗教心がないとはいっても、当然過去には神社やお寺に行ってお賽銭箱に小銭を投げ入れたり、鈴を鳴らしたり、拍手を打ったりして、願を懸けたりすることは何度もあった。ところが、このキリスト教の礼拝というのは、まったく異なるものであった。ふつう私たち日本人が神社やお寺に行くと言うのは、神仏に何かをお願いするためという具合であるようだが、どうもこのクリスチャンたちがやる礼拝というのは、多かれ少なかれ願懸けの要素はあるとしても、それだけではないようだ。

さて、オルガンで演奏される音楽―おそらくこれも賛美歌というものであろう―が静かに流れるなか、しばらく時を過ごす。祈っているのであろうか、目を閉じて、うつむき加減にしている人もいれば、声をひそめてなにやら話している人もいる。ペンを懸命に動かしている人もいれば、ぼんやりと目の前の空間を眺めている人もいる。周りをぐるりと見てみると、そのような具合であった。
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日曜礼拝というもの

そして私は再びマッスルマンさんの家にやってきたのである。察するにパーティーの片づけがひとまず落ち着いたようであった。

「子どもたちはもう休んでしまったわ。」キムさんが言った。そう、マッスルマン家には三歳と八歳の小さな姉妹がいるのだ。下の子はケルシーという名で、上の子はディナという名である。たしかに可愛い子達であったが、どうにも子供というのは私は苦手であった。
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ドアをノックする音が聞こえた

他人とはいえ、つい先ほどまでいた場所でもあるし、地理的に考えても近い場所なので、その時の私にとっては一番頼りになる存在に思えた。ひとまず私は警察が到着するのを待つことにした。

待つことしばらく、やっと警察が到着した。待たされたのだから、サイレンをけたたましく鳴らし、赤青の回転灯を光らせながら、映画のシーンのように派手に登場してくれるのだろうと期待していたのだが、実際には静かな登場であった。現れた警官はたった一人。やったことと言えば、一通りアパートの中と周囲を見た―調べるというよりは本当に形ばかりにぐるりと見回した―くらいであった。後は何が盗まれたかの報告書らしきものを書き込んだ後、自分の名刺をおいて、何かあったら連絡をするようにと言い残して立ち去ってしまったのである。何かあったら連絡をするようにと言われても、盗みが行われた後では意味がないようにも思える。もっとも、警察にもう一度連絡しないといけないような事態になっても困るのであるが。
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いつもある場所に、ない

教会に入り、人で賑わうホールのような場所を抜け、勢いに流されるまま礼拝堂と思われる広い場所にたどり着いた。そこには木製のベンチにクッションがついたような長椅子があり、私たちはそのひとつに着席させられた。薄暗く厳かな礼拝堂を見回すと、どこを見ても人ばかりである。日本にいる頃は教会というものの存在があまり目に付かなかったせいか、真面目に教会に行く人というのを見たことも聞いたこともなかった。正直なところ、もし教会に通う人というのがいるならば、おそらく隠れ切支丹のような目立たぬひっそりとした存在だろうと思っていた程度である。ところが、私が連れられてやってきた教会は、クリスマスだからというのもあるのだろうけれど、人で溢れんばかりである。国柄の違いか、それとも文化の違いか、とにかく不思議な光景であった。

さて、クリスマスコンサート、その後のマッスルマン家でのパーティーも楽しく愉快なものであった。あまりに楽しみすぎたせいか、今となっては何がどう楽しかったのかを思い出すことが実に難しい。プレゼント交換で一体全体私が何を当てたのかさえ思い出すことができない。もっとも細かいことをごちゃごちゃ述べようとして、あれをしたこれをしただのといちいち思い出そうと努力してしまうと、せっかくの楽しかったという感動が褪せてしまいそうなので、何も言わないでおこう。その夕べはすべてが流れるようで、テンポのよい映画を見ている時と似たような心地の良さであった。こんな良い気分になったのはいったいどれくらいぶりであろうかと思えるくらいであった。
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クリスマスコンサート

そのように私と聖書との取っ組み合いが始まったのが十二月になってすぐのことである。十二月と言えばクリスマス。気付いた頃にはすでにクリスマスは目の前であった。英会話レッスンに聖書の学びと、週に二度はマッスルマンさんの家に通うようになった私であった。出不精であった私がこのようにして出掛けるようになるとは、やはり私を惹きつける何かがあったのだろう。一人暮らしの私にはたとえ人の家であっても、親しい人々が集まる場所というのが恋しかったのであろうか。それとも、単純にネイティブの生活に憧れていたのだろうか。もしかしたら、その両方かもしれない。

さて、英会話レッスンの時であったか聖書の学びの時であったか思い出せないが、マッスルマンさん一家の通う教会で、クリスマスコンサートがあるので行きたい人は申し込んでくださいとのお知らせがあった。「おぉ、クリスマスに教会でコンサートか!」と、やはり私はアメリカ人のような生活に憧れていただけであったに違いない、どうしようかなどと悩んだり躊躇することもなく、「これは行ってみるしかない!」と思い、その場ですぐに申し込んでしまったのである。
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