タグ : 聖書

エズラの持っていたもの

遠い昔、エズラと言う男がいた。エズラが何者であるかは、私があれこれと説明するまでもあるまい。聖書にこう書いてある通りである。「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。……エズラは、主の命令のことばと、イスラエルに関する主のおきてに精通した学者であった。」(エズラ記7章10~11節)分かりやすく言うのであれば、彼は聖書のことばに通じていたということだ。とは言っても、それのどこが特別なのであろうか。彼の前にも神のことばに通じていた人々、とくに祭司たちがいたわけだが、なぜ彼に限っては後の世にまで、聖書の中の一冊の書の題名として彼自身の名を残すことになったのだろうか。

もっとも聖書と言っても今のように完成した一冊の書物ではなかっただろうが、イスラエルの民なのだから、神のことばをある程度知っていたとしても不思議ではないだろう、と考えてしまいそうになる。そう考えるとエズラの他にも聖書に通じていた者はいたのではないかとも思えてくるのだ。が、どうやら現実はそうでなかったかもしれない。もっともこれは私の憶測でしかないだが……イスラエルの民は長いこと外国で暮らしていたのである。二年とか三年などというものではない。アッシリヤに拉致された人々は何百年もの年月を異国で過ごしたのである。果たしてそのような状況に置かれたとして、人々は先祖代々伝えられてきたものをいつまでも持ち続けることができただろうか。今とは違って記録する媒体や伝える手段の限られた時代のことである。困難を極めたことだろう。
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クロスの政策

遠い昔、クロスと言う男がいた。クロスと聞くと、まず思い浮かぶものは十字架かもしれない。しかしながら、今回登場するクロスとは十字架のことではない。冒頭にもあるように人の名前である。何者の名前かというと、ある王の名前である。王というと、サウル、ダビデ、ソロモンと今まで見てきたので、その流れでイスラエルの王かと考えてしまいそうになるが、実はイスラエルの王ではなくてペルシヤの王である。それにしても、どうしてここに来て外国の王が出てくるのだろうか。それはこの王がイスラエルの民に善を行ったからである。もっともクロスが舞台に上がってくるのはソロモンの時代から数百年ほど経った後のことであるが。

さてソロモンの後にイスラエルの王になった者は誰だったかというと、実は二人いた。ひとりはソロモンの家来であったヤロブアムであり、もうひとりはソロモンの子レハブアムであった。これがきっかけとなりイスラエルは分断され二つの王国にわかれてしまったのだ。それぞれの王国は異なる王によって治められるようになった。それらの王が神の前に正しく歩んだのであれば何も問題になるようなことはなかったのだが、時間の経過とともに王も国民も神から離れてしまうようになった。もちろん神の教えに従って、神の望むところを行う王もいたことにはいたのだが、やはり神を顧みることもなく国民を誤った道へ導く王が多かったのも事実だ。よもや義なる神がいつまでもこのような状況を看過されることはなかった。まずヤロブアムが興した王国がアッシリヤによって攻められ、国民は捕虜とされてしまった。その後百数十年経った後、こんどはレハブアムの興した王国がバビロンによって滅ぼされてしまい、やはり国民は捕虜として連れられていってしまったのだ。これが世界史の授業でもならった「バビロン捕囚」という事件である。
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ソロモンの願い事

遠い昔、ソロモンと言う男がいた。ソロモンが誰であるかは、今さら私が説明するまでもあるまい。彼は父ダビデの後を継いでイスラエルの王となった人物である。彼がどのようにして王となったのかを詳しく述べようとは思わないが、彼は自ら望んで王になったというわけではなく、むしろ彼の母が望んだと言った方が正しいかもしれない。そんなこんなで彼自身が望んだかどうかは分からないが、結果として王になったのだった。

しかしながら振り返って見れば、彼の父であり先代の王であったダビデも望んで王になったわけでもなかったし、先々代のサウルにしても願って王になったわけではなかった。彼らは立候補したわけでもなければ、力付くでのし上がったわけでもない。それよりも神に選ばれて、また人々から期待されて王になったという方があっているかもしれない。そう考えてみると、イスラエルの王たちはどちらかと言えば、元来が無欲な人物だったのではないかとも思えてくる。果たしてその反動なのか、王になって権力を手にしたことによって、それまで鳴りを潜めていた欲が姿を現わしたのではないかと思われる行動が目立つようになった。サウルはあくまでも王位にしがみつこうとしたし、ダビデは部下の妻を奪わんとして、その部下を意図的に危険な場所に送り込んで死なせてしまったではないか。また自ら王位を欲した者たちも、求めたものを手にいれることができなかったばかりか、自らの命さえをも失ってしまったではないか。なるほど欲というものは、人を迷わせるものであるというは、確かなのかもしれない。
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アドニヤの執着

遠い昔、アドニヤと言う男がいた。彼はダビデの息子の一人であったわけだが……考えてもみると、ダビデの息子たちには野心家が多いような気がする……と言っても、目立ってしまうだけで、多いというほどでもないのかもしれない。父であり王であるダビデに対して謀反を起こした息子もいたかと思えば、このアドニヤも似たようなことしている。もっともアドニヤはあからさまに父であり王であるダビデに敵対したわけではなかった。彼は年老いて弱ってきたダビデの様子を見て、ダビデ亡き後に王の座に座ろうと考えており、その準備を進めていたようだ。

そしてまだ王が存命のうちに、彼は「私が王になろう」(Ⅰ列王記1章5節)と宣言し、「戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れ」(同)たのだ。もっとも彼の上には兄が二人いたが、二人ともすでに死んでいたので、順番から言うと彼が王位を継ぐはずであった。そう考えると、もしかしたら彼はそんなに必死にならずとも、野心を燃やさずとも、神のことばを守りながら、じっと待っていれば王になれたかもしれない。しかし理由はよく分からないが、彼は時期が来るのを待たずに、自ら王になると心を決めてしまったのだ。
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クリスマスの夜は

先日のことだが、ちょっとばかり買い物をする用事ができたので仕事帰りに伸びない足を伸して、久しぶりにみなとみらいまで行ってきた。ところで毎年今くらいの時期、つまりクリスマスが近づいている頃であれば、お店や公共の施設の集まっている通りや広場の街路樹などは、もしも私の記憶違いでなければ、きらめくイルミネーションで飾られていたと思うのだが、今年は八時をちょっと回ったというだけなのに、妙に暗いという印象を受けた。なるほど考えてもみれば、今年は震災の影響で節電、節電と言われているので、おそらくその影響だろうか、必要のない照明をやめたらこうなったのだろう。時代の潮流に合わせたというのであれば、仕方がないことなのだろう。それにしても味気ないものだというのが、私の第一印象である。夜中ぶっ通しで煌々と電気を照らせとまでは言わないから、せめて人通りがある時間帯くらいはイルミネーションくらいつけても構わないのではないかと思ってしまうのだ。もっとも私が出掛けていったのは平日の夜のことだから、もしかしたら週末や休みの前日はそうでないのかもしれないが……。

もちろん夜が暗いのは当然のことと言われてしまえばそれまでのことだろう。いったい今までどれだけ明るく照らされた夜を過ごしてきたのかと、改めて考えさせられてしまうこともあるし、灯りで照らされた夜を過ごすことに慣れてしまったがために物足りなく感じるというのも否めない。とくにこの時期は単純な照明を通り越して、華やかと言っても良いほどに照らされ、飾られている夜の世界が存在することを当然と思っていたので、どうにも違和感を覚えてしまうのである。
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