エズラの持っていたもの
遠い昔、エズラと言う男がいた。エズラが何者であるかは、私があれこれと説明するまでもあるまい。聖書にこう書いてある通りである。「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。……エズラは、主の命令のことばと、イスラエルに関する主のおきてに精通した学者であった。」(エズラ記7章10~11節)分かりやすく言うのであれば、彼は聖書のことばに通じていたということだ。とは言っても、それのどこが特別なのであろうか。彼の前にも神のことばに通じていた人々、とくに祭司たちがいたわけだが、なぜ彼に限っては後の世にまで、聖書の中の一冊の書の題名として彼自身の名を残すことになったのだろうか。
もっとも聖書と言っても今のように完成した一冊の書物ではなかっただろうが、イスラエルの民なのだから、神のことばをある程度知っていたとしても不思議ではないだろう、と考えてしまいそうになる。そう考えるとエズラの他にも聖書に通じていた者はいたのではないかとも思えてくるのだ。が、どうやら現実はそうでなかったかもしれない。もっともこれは私の憶測でしかないだが……イスラエルの民は長いこと外国で暮らしていたのである。二年とか三年などというものではない。アッシリヤに拉致された人々は何百年もの年月を異国で過ごしたのである。果たしてそのような状況に置かれたとして、人々は先祖代々伝えられてきたものをいつまでも持ち続けることができただろうか。今とは違って記録する媒体や伝える手段の限られた時代のことである。困難を極めたことだろう。
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