タグ : 聖書

ギデオンの求めたしるし

遠い昔、ギデオンと言う男がいた。彼の時代、イスラエルの人々は再び神に対して背を向けるようになって いた。実際、ギデオンの父ヨアシュも異教の神バアルのための祭壇を持っていたと書かれている。おそらくイスラエル人が神の前に行った悪というのは、彼らをエジプトの地から連れ出した唯一絶対の神ではなく、連れ出した先の土地において神として崇められていた偶像を礼拝したことであろう。何と言っても、イスラエル人には荒野における前科があるではないか。彼らにとって不幸なことは、年月を経たことで、人々の記憶から昔のことが忘れられつつあったことかもしれない。

その背きのために、イスラエル人は他民族によって今一度迫害されることになったのだ。神はミデヤン人を 送り、イスラエル人を懲らしめ、罪に気付かせようとした。ミデヤン人はイスラエル人を襲っては、彼らの農作物を奪い取ったという。それというのも「彼らは国を荒らすためにはいって来た」(士師記6章5節)からだ。エジプト人はイスラエルの民を迫害し奴隷としたが、ミデヤン人は彼らの土地を荒らすためにやってきたという。自由を奪われる方を選ぶか、生活の糧を奪われる方を選ぶか……個人的にはどちらも遠慮願いたいところである。とにかくイスラエルの民はミデヤン人から身を避けるために、山の洞窟に隠れて住んでいたというから、あまり自由でもなかったようである。
続きを読む

Share on Facebook

アカンの後悔

遠い昔、アカンと言う男がいた。などと言ってしまうと「そないな冗談、言うてはアカンで」と怒られてし まいそうであるが、冗談などではなく、実は本当なのである。聖書にもこのようにしっかりと書いてある。「ユダ部族のゼラフの子ザブディの子であるカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取った。」(ヨシュア記7章1節)

しかしながら「聖絶のもののいくらかを取った」と言うのは、ここだけを読んでしまうと意味がよく分から ないかもしれない。ということなので、もう少しさかのぼって見てみよう。直前のヨシュア記6章では、ヨシュアをリーダーとするイスラエルの民がエリコの町を陥落させたことが記録されているが、その町を滅ぼすときにヨシュアはイスラエルの民にこのように命じた。「この町と町の中のすべてのものを、主のために聖絶しなさい。……ただ、あなたがたは、聖絶のものに手を出すな。」(同6章17~18節)最低でもこれくらいを読めば、何となくアカンが何をしたのかが分かるであろう。つまりヨシュアから手を出してはならないと命じたものに手を出してしまったと見当を付けることができる。「聖絶のもの」が何であるかを知らなくとも、アカンがリーダーの命令に背くという過ちを犯したということくらいは分かる。
続きを読む

Share on Facebook

カレブの自信と確信

遠い昔、カレブと言う男がいた。カレブはモーセとアロンに導かれて荒野をさまよっていたイスラエル人の 一人であった。ある時、神はモーセに命じて、神がイスラエルの民に与えると約束した地を偵察するために、それぞれの部族から一名を選出してその地へ使わすようにと命じられた。カレブはユダの部族から選ばれた一人であった。約束の地を探ってきた彼らはぶどう、ざくろ、いちじくなどの果物を持ち帰り、モーセと民にこう報告した。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。」(民数記13章27節)

そのような前途の明るい報告を聞いた群衆がどのように応えたのかは何も書かれていない。これは私の想像 でしかないが、おそらくそれを聞いた人々は大いに喜び、期待に胸をふくらませたことだろう。生きていくのに必要最低限の食料と飲料水しかない荒野で四十年も過してきたのであるから、そのように反応するのが当然のことだろう。何と言っても、みずみずしい果実が実る豊かな地が、手を伸せばすぐのところにあるのだから。彼らは、いざ進まん、とばかりに声を上げたことだろう。そして実際に現地の様子を見てきたカレブは民に向ってこう言ったのだ。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」(同30節)
続きを読む

Share on Facebook

ベツァルエルの才能

遠い昔、ベツァルエルと言う男がいた。ベツァルエルは今時の言葉を借りて言うならば、「勝ち組」に属す ることができたであろう。今であれば、その才能を大いに用いて、社会的に成功を収め、富と名声を得ることができたくらいかもしれない。それというのも聖書のことばを引用するならば「知恵と英知と知識」(出エジプト記35章31節)を兼ね備えた人物であったからだ。知恵も英知も知識もろくにない私からすれば何とも羨ましい限りである。私が才能豊かな人間であれば、今頃もうちょいマシな暮らしを送れたかもしれないのに……もっともそれはないものねだりというものであろうか。

それはそうとして、ベツァルエルはどういったわけで、このように優れた才能の持ち主となったのだろうか 。それは彼の努力と勤勉の賜物だったのだろうか。それとも彼には明確な目標とか高い理想とか呼べるものがあり、それを目指すことで結果として知恵のある人物となったのだろうか。しかしながら、どうやら実際はそうではなかったようである。聖書にはこのように書かれている。「見よ。主はユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し出し、彼に、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たされた。それは彼が金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、はめ込みの宝石を彫刻し、木を彫刻し、あらゆる設計的な仕事をさせるためである。また、彼の心に人を教える力を授けられた。」(同30~34節)
続きを読む

Share on Facebook

アロンの偶像

遠い昔、アロンと言う男がいた。アロンはモーセの三歳年上の兄であった。モーセは葦の茂みに隠されたと 記録されているが、アロンについてはそのような話を聞いたことがない。はたしてパロが生まれたばかりのイスラエルの男子を殺せという命令を出す前に誕生していたのだろうか。それともエジプト人の目から隠されていたのだろうか。アロンについては何も書かれていないので、実際どうであったのかは分からないが、確かなことはモーセがパロの娘に拾われたことによって、兄弟は生き別れになってしまったということだ。兄はイスラエル人であるがゆえに奴隷のようにこき使われ、弟はエジプト王家の一員として育てられることになったのだ。もしモーセがそのままの人生を歩んでいたならば、二人は一生出会うことはなかったであろうし、出会ったとしてもお互いに気付くことさえなかったであろう。何と言っても、二人が別れたとき、アロンは三歳であったし、モーセはまだ赤ん坊であった。お互いを覚えているわけはないだろう。

ところがモーセがエジプトを逃れミデヤンで生活するようになり、彼が羊飼いとして働いている時に、神の 山ホレブで神に出会ったことがきっかけとなって、アロンとモーセは再会することになったのだ。
続きを読む

Share on Facebook