ドアをノックする音が聞こえた

他人とはいえ、つい先ほどまでいた場所でもあるし、地理的に考えても近い場所なので、その時の私にとっては一番頼りになる存在に思えた。ひとまず私は警察が到着するのを待つことにした。

待つことしばらく、やっと警察が到着した。待たされたのだから、サイレンをけたたましく鳴らし、赤青の回転灯を光らせながら、映画のシーンのように派手に登場してくれるのだろうと期待していたのだが、実際には静かな登場であった。現れた警官はたった一人。やったことと言えば、一通りアパートの中と周囲を見た―調べるというよりは本当に形ばかりにぐるりと見回した―くらいであった。後は何が盗まれたかの報告書らしきものを書き込んだ後、自分の名刺をおいて、何かあったら連絡をするようにと言い残して立ち去ってしまったのである。何かあったら連絡をするようにと言われても、盗みが行われた後では意味がないようにも思える。もっとも、警察にもう一度連絡しないといけないような事態になっても困るのであるが。

さて、一通りやるべきことをやったが、このままでは朝まで目を覚ましていないといけなくなってしまう。というわけで、次はマッスルマンさんに一晩の宿をお願いしないといけない。いきなり一晩泊めて下さいと言われたら、どのように思われるだろうか、などと考えてはみたが、考えてばかりいても行動しないことには寝ることすらできないので、とにもかくにも電話をすることにした。電話に出たのはキムさんであった。

「もしもし、かつです。夜も遅くにすみません。それと、今夜のパーティー、楽しかったです。ありがとうございました」と始めて、帰ってきてからの泥棒事件についての顛末を説明した。さすがにこれにはキムさんも驚いたようであった。いや、誰だって知っている人が空き巣という些細なものであろうが犯罪の被害者になってしまったら、それは当然びっくりであろう。治安の悪い地域ならいざ知らず、私が住んでいたのは州立大学周辺の学生街でもある。どうやら向こうも心配になってしまったのだろう。

「もしも今晩アパートで寝るのが不安だったら、我が家には客間も空いているから、泊まりに来てもいいわよ。」こちらから言い出す前に、向こうの方から尋ねて下さったのである。

「では、是非そうさせて頂きます。本当にありがとうございます。」

キムさんが言うには、ブルースさんがまだ学生を何人か送っているとのこと。それが済んだ後に迎えに来てくれるということになったのでしばらく待つことにした。しかし感謝なことに、こうして泊まる場所が決まっただけでも恐怖心がだいぶ薄れたのである。

安全に夜を過ごせる場所が決まったので、次にはシアトル郊外に住んでいる知り合いと日本の実家に、空き巣の被害にあったとの事実と今夜はマッスルマンさんのお宅にお世話になるということを伝えた。さすがに、私のところが被害にあったということにはショックを受けたようであるが、ひとまず泊まり先が決まったということに安心ではあったようだ。しかし、これはなんとも妙な経験である。日本でもあったことがないのに、異国の地で、しかも一人暮らしをしている時に空き巣に遭ってしまうのだから、おそろしい経験ではあるが、滅多に経験するようなことでもないことを考えると、少しばかり面白いようにも思える。もっともその当時そんなことを考える余裕はまるでなかったのであるが。

電話を終えて、簡単な泊まりの準備を終えると、ドアをノックする音が聞こえた。

「ブルースだ。」素っ気ない言葉ではあるが、知っている人の声を聞くというのは、警官の存在があるよりも安心するほどだ。土曜の夜、クリスマスパーティーが終わった後に、学生を何人か家に送り届け、その後家に帰ってきたら今度は一人を迎えに行かなければならないとは、かなりの労力と81年型オールズモービルのガソリンを使ったであろう。身内でもなければ、仲の良い友人でもない、それほど関わりのない留学生のためにこれほどしてくれるとは、思えばそれは親切心というものではなく、それ以上の何かであるように感じた。

(続く)