さすがに家である

結局私はマッスルマンさんの家に引っ越すことになった。さすがにそう言われたその日に越すというわけにもいかないので、ひとまずアパートに戻り、大家さんに事情を説明しないといけないだろうし、たいしてないかもしれないが、荷物もまとめなければならない。

空き巣にやられてしまったと説明すると、大家さんにひどく申し訳なさそうな顔をされてしまった。ひとまず割られた窓はすぐに直してくれると言うことで、引っ越すまでのしばらくの間は用心深く、外出するときも部屋の電気はつけたままにして、人がいるかのような雰囲気を匂わせておくように心がけておいた。また部屋を暗くしてしまっては「留守ですよ。ご自由にお入りください。」と言うも同じと思い、結局アパートにいる間は夜寝ている間も電気をつけたままにしていた。

さて、とうとう引越しの当日だ。クリスマスイブだったように覚えている。

こうしてマッスルマンさんの家に私はやってきたのである。しかし、今度は帰るということがない。この先しばらくの間、ここが自分の住むべき「家」となり、ここで日々を過ごすのかと考えるとなんとも妙な気分になってしまう。なんと言っても、今までの私にとって「家」というのは、太平洋のあちら側の横浜市金沢区富岡西にある実家くらいであったのだから、今日からここが家になるのだなぁと考えたところで、実感はまったくわかないものである。ましてや今日を境に、今まで英会話クラスか聖書の学びのためくらいにしかこなかった場所の住人になってしまうのである。まったく泥棒に入られたばかりに、考えもしなかったことになってしまった。

しかし、さすがに家である。お世辞にも寝床程度でしかなかった私のアパートとはまるで違う世界である。その違いというのは、五感で感じることのできるものでもあれば、また第六感で感じ取れるものでもある。

意図的に配置された家具調度や雑然と置かれている新聞や雑誌、どこか別の部屋から聞こえてくるのかテレビの音や子供たちの喋り声、クリスマスツリーから漂うモミの木の独特の香りや台所から漂う食べ物の香り、どれも今まで私が寝どころとしてきたアパートにはなかったものである。しかし不思議なことに、その中にあるどこか不完全なところこそが人の営みを感じさせるのだ。クリスマスツリーの下をよくよく見れば、枯れたモミの葉が散らばっており、子供たちの喋り声は叫び声に変わり、台所の流しの下にある扉をあければ生ゴミの臭いが鼻をつく。掃除や片付けをしなければ部屋は散らかる。子供たちを注意しなければ静かにはならない。ゴミは家の裏の巨大ポリバケツに捨て、週に一度は通りに出して収集してもらわなければいけない。

しばらく一人で暮らしていたものだから、考えることといえば「食う寝る」程度のことであった。そんな人間がいきなり家族単位で生活している家に転がり込むのだから、転がり込む方もそれはそれで大変だ。

遠慮をするということではないが、やはり人と生活をするのだから、食事の時間等もマッスルマンさんたちに合わせていかなければいけないし、家の仕事も何割かはやらなければならない。それはそれでいい。しかし何よりも大変だと思ったことは、マッスルマンさんたちと付き合っていくということなのである。まさか始終部屋に篭るわけにもいかないだろう。彼らは良い人たちであるし、私としても気に入っているので、何も不満はないが、いざ同じ屋根の下で暮らすということになると、どうにも勝手が違ってくる。自分自身が快適に暮らすためにも、ほどよく一緒にいて、ほどよく距離を保たないといけないと考えた。

しかし、よく知らない土地で泥棒に入られた後すぐに、新しく住む場所が焦ることもなく心配することもなく見つかったということは、思えば不思議だ。本当だったら「あぁ、どうしよう」とおろおろしてもおかしくない状況であったのに、こうして不安なく過ごせたというのは。見えない手が私を導いてくれたかのようであった。

(続く)