「世の終わりがやってきた!」

小学生を相手に日本を紹介した後は、また平凡な普段の生活に戻った。土曜の夜の聖書の学びには欠かすことなく顔を出していたので、聖書についてだいぶ知ることもできた。そしてまた、聖書への興味は深まるばかりであり、天国に行きたいという思いも強まる一方であった。しかし、聖書を読んだところで、天国に行きたいと願ったところで、自分が良い人間になるわけでもなければ、今までの行ってきた悪事の数々(というと、何やら私が凶悪犯か何かのように聞こえてしまうが・・・)が帳消しになるわけでもなく、自らを省みたところで天国に足を踏み入れるに値する人間でないことに変わりはなかった。これからいくら時を経たところで、それは変わりそうにもなかった。

日々流れていく時間の中で、聖書を読んだり、聖書の学びに参加したり、マッスルマンさんたちの話やカネシロさんたちの話を聞いたりしているうちに、クリスチャンというのは、この世の終わりがいつか誰にも分からないが、しかし必ずやってくる、ということを信じていることを私は知るようになった。クリスチャンでない私にとっては、さてこの世の終わりがやってくるとは何やら物騒なことだ、と思ったし、また何か確たる根拠があるわけでもないのに、まずまず自分がいる間に世の中の終わりがくるような雰囲気もないなぁ、と油断というかあまり真剣に考えなかったのである。

マッスルマンさんたちが言うには、この世が終わる前にまずクリスチャンたちが地上から一斉に消え、つまり生きたままの状態で天国に連れて行かれて、そのあと戦争や災害が地球上の至る所で起き、反キリストと呼ばれる者が世界を支配し、最後には有名な「アルマゲドン」と呼ばれる神対悪魔の戦いがあり、神が反キリストとキリストを信じなかった人たちを滅ぼしてしまう、というような話であった。何やらオカルト映画の世界そのものだなぁ、と思いながら、本気でそんなことを信じているのだろうか、と聞いている私は不思議に思うばかりであった。

そのような穏やかでない話を聞かされてすぐのある日のことである。学校から戻り、自分の部屋でしばらく勉強をしていたのだが、喉が渇いたので何か飲もうと思いキッチンに向かった。アメリカでは濃縮されたジュースが冷凍で売られており、それを解凍し水で程良い濃度に薄めて飲むのである。そのためか日本ではジュースというとなにやら贅沢品を連想させるのであるが、アメリカではどの家の冷蔵庫にもあるというごくありふれた存在であった。この日も何かあるかと思って冷蔵庫を調べてみると、ちょうどオレンジジュースがあったので、良い物を見つけたと嬉しく思いながらグラスに注いだ。ジュースを飲み少し落ち着いた。その時である、家の中が妙に静かであるのに気付いた。「あれ?さっきまで子供たちの声が聞こえたのにどうしたのかな?」リビングを覗いて見ても姿が見えない。階下でテレビでも見ているのだろうか、と思いながらもう一度階段を下りたがそこにも姿は見当たらなかった。そういえば、キムさんの姿も見当たらない。小学生とはいえ、アメリカでは子供だけを家に置いたまま大人が出掛けるということはまず考えられないので、もしかしたら三人でどこかにいるのかもしれないと思いながら、庭に出てみた。キムさんはガーデニングが好きなので、陽気が良い時には朝早くから庭に出ることもあるくらいだ。しかし、庭にも姿が見えない。隣の家の庭にはディナとケルシーがよく遊ぶ、子供用の小さなブランコがあるのだが、そこにも姿は見えなかった。裏庭も見てみたがそこにも人影は見えない。「もしかしたら車に乗って買い物へでも行ったのかもしれない」と思い、家の前の通りを見たが、キムさんの紺のフォードセダンはいつもと同じ場所に駐車されたままだった。

「まさか!」つい先日、世の終わりの前にクリスチャンは消えてしまう、と聞かされたばかりである。キムさんはクリスチャンである。子供たちも幼いとはいえ教会にも日曜学校にも通い、ちゃんとお祈りもしている。というと、この家で信仰を持っていないのは、私だけであった。「置いていかれた!間に合わなかった!」と直感的に考え「世の終わりがやってきた!」と愕然とした。

(続く)