ルベンの大事なもの

遠い昔、ルベンという男がいた。ルベンは十二人兄弟の長男であり、前回見たエサウは彼の叔父にあたる。 ということは、彼はエサウから長子の権利を策略を持って奪い取ったヤコブの息子になる。幸い、ルベンは長子の権利を弟たちに奪われることはなかったようだが、彼がどのような人物であったかは、聖書にはあまり詳しく書かれてはいない。もちろん詳しく書かれていないだけであって、まったく書かれていないというわけではない。今回も書かれていることから、彼がどのような人物であったかを見ていきたいと思う。

長男長女というのは、確たる根拠というものはないが、私が今まで見てきたことから考えてみるに、どちら かというとおっとりとしておとなしい人物が多いように思われる。積極的に自ら進んで冒険するという印象よりも、保守的かつ受身な様子をイメージしてしまうのである。もしかしたら私が長男であり、なおかつどこかのんびりとした人間であるから、なおさらそう感じてしまうのかもしれない。もっとも私の場合はひとりっ子であるから、十二人兄弟の長男であるルベンとは違うところは多いかもしれない。しかしルベンの弟たちが過激な行動に出ようとしても、自ら積極的に荷担しようとしないところを見ると、私の考えもまんざらではないだろう。

たとえば聖書にはこのような話が記録されている。ルベンにはヨセフという弟がいたわけだが、ある日ルベ ンを除いたヨセフの兄たちが彼を殺してしまおうと相談しているのを知ったときに、彼は兄弟たちを思いとどまらせようと説得したとある。「あの子のいのちを打ってはならない。……血を流してはならない。彼を荒野のこの穴に投げ込みなさい。彼に手を下してはならない。」(創世記37章21~22節)

ヨセフについての話はあまりにも有名だから、細かいことはここでは省略させてもらう。詳細を知りたいの であれば、後ほど聖書を読んで頂ければと思う。ちなみにヨセフの物語がどれほど有名であるかというと、それを題材にしたミュージカルがブロードウェイで上演されたことがあるほどだ。ちなみに私もシアトルで上演された時には見に行ったことがある。私が当時お世話になっていたホストファミリーの長女の通っていた小学校の合唱団がバックコーラスに選ばれたということもあるし、その後しばらく経ってから教会のホールを借りて、有志だけで規模を小さくしてミュージカルの真似事をしたこともあるので、学生時代の良い思い出と相重なって、ヨセフの物語は実に印象深いものである。という無駄話はこれくらいにしておくとして、なぜ兄弟たちはヨセフを殺そうとおもったのか。それはヨセフの態度が気に入らなかったし、さらに父ヤコブが彼をことさら大事に扱っていたからである。要するにヨセフは兄たちから不興を買ってしまったのである。だからといって弟を殺そうとまでするかと思うのであるが、兄弟のなかには過去に虐殺や略奪を行った者たちもいたことを考えると、嫉妬から弟を殺そうなどというのは、当然の反応かもしれない。ところが最後の瞬間に商人が通りかかったことから、ヨセフを奴隷として売ってしまい、結果として彼の命が救われたのだった。

さてその後もルベンはこのことを後悔していたようだ。後にエジプトでそれがヨセフだとは気付かずに牢屋 に入れられた時にも、ルベンはこう言っていた。「私はあの子に罪を犯すなと言ったではないか。それなのにあなたがたは聞き入れなかった。だから今、彼の血の報いを受けるのだ。」(同42章22節)

しかしルベンのこれらの言葉は、弟ヨセフに対する純粋な愛情から出たことなのだろうか。どうやらそうで もないように私には思えるのだ。かつてルベンは父の下女と肉体関係を持つという過ちを犯したことがある。もしかしたらそれが理由で彼は父に対して負い目や罪責感を持っていたかもしれない。そう考えてみると、むしろ彼にとっては大事だったのは、父の目にどのように映るか、父からどう思われるかということであったのかもしれない。それを裏付けるかのように、ヨセフを守ろうとしたその動機も聖書にはこう記されている。「ヨセフを彼らの手から救い出し、父のところに返すためであった。」(同37章22節)

結局ルベンにとって大事なことは人から、とくに彼の場合は父からどう思われるかということであった。人 の機嫌を伺って過すことの何とむなしいことか。最後に彼が父から言われことはこの一言であった。「もはや、あなたは他をしのぐことがない。」(同49章4節)