パロの恐れるもの

遠い昔、パロと言う男がいた。……とは言っても、パロは人の名前ではない。だから「パロという男がいた 」と言うのはちょっと無理があるかもしれない。正しく言うのであれば「パロと呼ばれた男がいた」というべきかもしれない。パロとは聞き慣れない言葉であるが、一般的に知られている言葉で言うと「ファラオ」のことである。つまりエジプトの王のことであるが、ここに登場する王がどの王であるかは正直私には分からない。大勢いた王たちの一人であろう。

話が少し戻ってしまうが、ヨセフが兄弟たちに疎まれ恨まれた挙げ句に、奴隷として売られたということが あった。その売られた先がエジプトの役人の家だった。ヨセフは異国の地において、奴隷という立場からさげすまれ迫害され、さらなる苦労をするかと思えば、実際には彼の持つ能力とその人物を評価され、やがてエジプトの王から信頼され国家の運営を任されるほどの立場まで登ったのである。さて時を同じくして、彼を売った兄弟たちは飢饉に苦しみエジプトに援助を求めるために、皮肉にもエジプトで王に次ぐ最高権力者になったヨセフのところへやってきたのである。結果としてこれがきっかけとなりイスラエルの民、すなわちヨセフや彼の兄弟たちの父であるヤコブ(彼は神によってイスラエルという新しい名前を頂いた)の子孫がエジプトに寄留するようになったのである。

ヨセフの働きもあってか、エジプトの人々とイスラエルの人々の関係は良好であったようだ。ヤコブが亡く なった時には、エジプトの高官もその葬列に加わったと聖書にも記録されているほどである。

しかし時が流れ、ヨセフや彼の父や兄弟たちのように初めてエジプトにやってきた世代が死に絶え、彼らの 物語がエジプトの人々の記憶から忘れ去られ、やがてヨセフの働きを知らぬ者が王となった。

そしてエジプトの人々はイスラエルの人々を、以前のように共に生活し共に繁栄する仲間として見るのでは なく、自分たちに対する脅威としていつしか見るようになってしまった。それはパロのこの言葉からも明らかである。「見よ。イスラエルの民は、われわれよりも多く、また強い。さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに、敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くといけないから。」(出エジプト記1章9~10節)

エジプト人は単に恐れを抱いただけではなかった。様々な手段を講じて、イスラエルの民の数を減らそうと し、また彼らの力を削ごうとしたのだった。パロはイスラエルの民を労役に駆り出し、また重労働の苦役を課した。そればかりかイスラエル人の助産婦には、同胞の妊婦が男の子を生むのなら赤ん坊を「殺さなければならない」と命じた。すなわちイスラエルの男子を根絶やしにしようと試みたのである。パロは自らの感じる不安を解消するためには手段を選ばなかったのだ。成人男子に奴隷のような仕事をさせるのならまだしも、生まれたばかりの赤子をその場で殺すというのは、人道的に考えても残虐なことこの上ない。

さすがにそれが王の命じたことであっても、イスラエル人の助産婦はその言葉に従わなかった。おそらく彼 女たちの助産婦としての立場もあっただろうし、同胞に対する同情心もあっただろう。彼女たちは男の子を「生かして」おいたのだ。しばらくしてから王に呼び出されても「ヘブル人の女はエジプト人の女と違って活力があるので、助産婦が行く前に産んでしまうのです」(同19節)とはぐらかして答えるばかりであった。

神は助産婦たちを祝福したという。王と助産婦と比べてみれば、片や一国の最高権力者であり、片や子供を 取り上げるという地味な仕事であり、人の誕生に立ち会う以外に特権というものがない。しかしどちらが平安のうちに日々を過ごせただろうかと考えてみると、それは助産婦たちの方であろう。王は策略の効果もなく増え続けるイスラエル人に対する恐れから解放されることはなかったのだ。王と言えども、自らの不安や恐れの前には完全に無力だったのだ。

もし人が不安と恐れから解放されたいと願うのであれば、パロのように自分でその原因を除くのではなく、 イスラエル人の助産婦たちのように神の前に正しいことを行い、神から祝福されることで、その願いはかなうのではないだろうか。