ヨナタンの恐いもの知らず

遠い昔、ヨナタンと言う男がいた。彼はイスラエルの王サウルの息子であった。つまり王子ということか。王子と聞いてしまうと、何やら甘やかされて育った坊ちゃんという印象があるが、どうやらヨナタンは違ったらしい。ところでこれはまだイスラエルの民がペリシテ人と戦争中の話である。その頃ペリシテ人たちはイスラエルの民が武器を手にすることがないようにと考えて、鍛冶屋をイスラエル人の住む土地から追い出したので、唯一武器を持っていたのはサウルとヨナタンだけという状況だった。それ以外の民は「鋤や、くわや、斧や、かま」(Ⅰサムエル記13章20節)をせいぜい手元においていたくらいだ。これではいくら何でも戦うこともできなかったであろうし、戦意すら起こらなかっただろう。たとえペリシテの先陣が目と鼻の先にやってきたとしてもだ。それどころかイスラエル人は恐れて「ほら穴や、奥まった所、岩間、地下室、水ための中に隠れ」(同6節)ているという有様だった。文字通りに手も足も出せない状況だった。

ところが恐れを知らぬ者がたった一人だけいた。それがヨナタンであった。彼は道具持ちの若者一人だけを伴って、ペリシテ人の陣に単身乗り込んでいったのだ。二人は誰にも言わずに、もちろん父であるサウルにさえも伝えずに出掛けていった。道具持ちの若者にとっては迷惑な話のようにも思えるが、道具と言っても鍋や釜と言った日常品の類ではない。この箇所を英語の聖書で読むと分かるのだが、この若者は”armor-bearer”と書かれている。”armor(armour)”とは防具、つまり鎧や盾のことである。すなわちこの若者はヨナタンの鎧を担いで彼と戦場を共にした人物であり、単なる召使い以上のものであろう。日本語で例えて言うならば、小姓と表現する方が適当かもしれない。

それにしてもヨナタンは内緒で出掛けるくらいなら、どうして一人で行動しなかったのだろうか。心細かったのだろうか。いや、私はそうではないと思う。おそらく彼は最初から戦うために出掛けたのだろう。だから戦場を共にすべき人物を伴ったに違いない。ヨナタンはこう言っている。「たぶん、主がわれわれに味方してくださるであろう。大人数によるのであっても、小人数によるのであっても、主がお救いになるのに妨げとなるものは何もない。」(同14章6節)彼は神が道を備えて下さることを期待していたのだ。

さて結果はどうであったかというと、ヨナタンと若者の完全な勝利であった。それこそペリシテの陣営は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。知らせを受けて何が起こったのかを知ったサウルは、誰が斬り込んだのかを調べさせると同時に、祭司に命じて神の契約の箱を持ってこさせた。おそらく誰であれ、斬り込んだ者のために祈りに捧げようと考えたのだろう。ところが彼が祭司に準備をさせていると、すでにペリシテの陣営では人々が逃げ惑うばかりで一向に攻撃を仕掛けてくる様子がないために、彼はその必要はないと告げてしまった。一方それまで隠れていたイスラエルの民は勢いに乗じて隠れ場所から出てくるや、ペリシテ人を追撃するのだった。こうして神はイスラエルを救われたのだ。

ここでイスラエルの民が喜びの声をあげ、神に感謝を捧げるのであれば、めでたしめでたしとなるのであるが、どうしたことかイスラエルの陣営では人々が疲れきった様子で、重苦しい空気に満ちていたようである。なぜならサウルが断食をするようにとのお触れを出したからだ。これは神が命じたことではなく、彼が勝手に決めたものであった。戦で疲れて、さらになにも口にすることができないとあれば、人々の士気は下がるばかりである。ところがそのようなことをまったく知らなかったヨナタンは、森で見つけた蜜をとって食べてしまった。そして王の命令を知らされた彼は嘆くのだった。「父はこの国を悩ませている。……今ごろは、もっと多くのペリシテ人を打ち殺していたであろうに。」(同29~30節)ところがサウルは息子ヨナタンが禁を破ったことを知るや、自分の考えを改めるどころか、彼を罰しようとしたのだ。

しかしサウルとヨナタン、どちらが神に従順であったかというと、それはヨナタンではないだろうか。王である彼の父が徐々に自らを神と同じ高みに持ち上げようとする一方で、彼自身は神を信じつつ、神に期待しつつ、行動に出るのだった。王は息子を罰しようとしたが、民がそれに反対の意を唱えたのでヨナタンは救われることになった。どうやら人々を動かすのは権威ではないようだ。それよりも神への信仰に基づいた行動が、結果として人々を動かすことになるということだろうか。