アムノンの恋煩い

遠い昔、アムノンと言う男がいた。彼はダビデの長男であった。王の長男であることを考えると、本来であれば彼は父の後を継いで王となるべき人物である。さて彼が父のように神を信仰し、また民から信頼されるような人物であったかどうかというと、どうも疑問である。何と言っても、聖書には彼について細かいことが何も書かれていないからだ。たったひとつのことを除いては、彼については良いことも悪いことも書かれていないのだ。これは私の想像でしかないが、もしかしたら記録に残るようなところが何一つとしてない、言うなれば凡庸な人物だったのかもしれない。

そんなアムノンであったが、唯一彼が聖書に名を残しているところは、今から見ようとしている、どちらかといえば周囲から見れば個人的に過ぎるというか、本人にとってはむしろ不名誉とも言える出来事についてである。それというのも彼は妹であるタマルに恋をしていたのだ。私はひとりっ子なので兄弟を持つということの感覚がまったく分からないのであるが、果たして兄が妹に対して恋心を抱くことなどあり得るのだろうか……と考えてしまったわけだが、実はアムノンとタマルは異母兄妹であった。そう考えると、兄妹とは言えども、どこか他人として相手を見るところもあったのかもしれない。ところでアムノンがタマルを思う気持ちは半端なものではなかったようだ。聖書にこのように書かれているほどである。「アムノンは、妹タマルのために、苦しんで、わずらうようになった。」(Ⅱサムエル記13章2節)これぞ文字通り、恋煩いである。

長兄として妹を守るべきところを、妹に惚れてしまうなどとは言語道断、などと周囲から叱られてしまうと、人に相談することもできずにアムノンは悶々と苦しんでいたかもしれない。もっとも彼が兄としての立場をうまい具合に利用して、彼女にちょっかいを出したりすることもなかったというのは、聖書にも書かれている通りである。「彼女に何かするということはとてもできないと思われたからである。」(同)そのような様子から察するに、どちらかと言えば、アムノンは気が小さいというか、はたまた正直と言うか、さほど悪い人間のようには思えない。アムノンにとっては酷なことかもしれないが、このままであれば「叶わぬ恋いの物語」ということで済んだはずなのであるが、巡り合わせの悪いことに、彼には悪知恵の働くヨナダブという名の従兄弟がいた。やがてヨナダブはアムノンに入れ知恵して、アムノンがタマルを犯すという最悪の結果を引き出すことになってしまったのだ。

ところがこれだけでも十分にアムノンを取り巻く状況が悪くなっているのだが、さらに悪いことに、父であるダビデは何が起こったのかを知ったにも関わらず、彼を咎めることもなければ罰することもなかった。なぜなのか分からないが、ダビデが息子を辱めたくなかったというわけではなく、ダビデ自身がこの「事件」の前に別の「事件(詳細を知りたくば11~12章を読んでみるとよい)」を起こしており、そのことが彼の心を占めてしまい、長男の罪のことまで気が回らなかったのかもしれない。またアムノンの弟であり、タマルとは血のつながっている兄であるアブシャロムも、その時は兄に諫言しなかった。それというのも兄を思ってのことではなく、彼を憎んでのことだったという。

それから二年が経過し、アブシャロムは兄弟たちを招いて祝宴を開いた。アムノンも誘われるままに出掛けて行ったのだが、これは罠であった。二年という年月がアムノンをすっかり油断させてしまったのだろうか。とうとう彼はアブシャロムの家来の手に掛かって殺されてしまったのだ。

しかしこれらはすべてアムノン自身が蒔いた種を刈り取ったに過ぎないのだろう。神は昔モーセを通してこう言った。「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。……それらに仕えてはならない。」(出エジプト記20章3~5節)ところがアムノンは恋することに心をとらわれてしまったのだ。もちろん恋に落ちることが悪いことではないが、思い煩うのは行き過ぎということだろう。これは恋に限ったことではない。何事であれ、それが人の心の大半を占めるようになっては、それだけ神の居場所が少なくなってしまうということになるではないか。私たちにいのちを与えて下さる神を心から追い出してしまっては、その先に何を期待することができようか。