イエスを求めて

ふと気付いたら、もう十二月である。いつまでも季節外れな暖かな日が続くもんだと、ついこの前まで思っていたが、さすがの私でさえも暖かいと感じることもなくなった。いつの間にやら、日が当たらないと家の中も寒く感じられるようになったので、先日ようやく押し入れの奥にしまい込んでいたヒーターを引っ張りだしてきた。改めて我が家のことを思うと、居間にヒーターを出す頃になると、おなじ部屋にクリスマスツリーも登場するのである。さほど広くもない居間に存在感のある両者がでーんと構えているのを見ると、ゴロ寝をしてテレビを見るのが、なんとはなしに窮屈に感じられてしまう。いまさらではあるが、もうすぐクリスマスなのであるなぁと実感。

さてクリスマスも近づいていることであるし、箴言から読んでいくのはしばらく休みにして、せっかくなのでクリスマスに関係することを考えてみようかと思う。知恵者であるソロモンの言葉から見ても良いのかもしれないが、年に一度しかめぐってこないこの時期に、あまり堅苦しいことや難しいことを考えるというのは、ちょっと味気ないだろう。ということで、今回からクリスマスまでは、イエス・キリストの誕生に関わり合うことになった人物たちについて見ていこうかと思う。

まず今回はイエスを探し求めて東の方から旅をしてきた博士たちについて見ていきたい。ちょうど新約聖書ではマタイの福音にこのように書かれている。「イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。』」(マタイの福音2章1〜2節)

いわゆる東方の三博士と呼ばれている人たちである。絵画などの美術作品、幼稚園の降誕劇やクリスマスカードに必ずと言ってもいいほど登場するほどに有名な人たちである。さて、三博士と呼ばれているのだが、実は聖書のどこを読んでも「三人」の博士がいたということは書かれていないのである。博士たちと複数で書かれているから一人だけということはなかっただろうが、もしかしたら二人だけだったかもしれないし、十数人の大所帯だった可能性も否定できないだろう。正確なところは誰も分からない。おそらく彼らが黄金、乳香、没薬という三つの贈り物をキリストに捧げたことから、三人だったと推測されたのかもしれない。

またこの三博士であるが、三賢者とも呼ばれている。実際、英語の聖書では”Wise men”と書かれているし、伝統的にそのように呼ばれている。博士でも賢者でもたいした違いはないじゃないかと言われてしまえば、そうかもしれない。しかし両者には違いがあるように私には思えるのだ。言うならば、博士と言うと学問を積み重ねて賢くなった人物を表している一方、賢者というと単なる勉学以上の何かを得た人物を表しているのではないかと思うのだ。つまり前者は知識を蓄えた者であり、後者は知性に加えて品性を備えた者を意味しているのではないだろうか。確かに今の世の中を見ても、勉強のできる人が、必ずしも立派な人間であるかというと、そうは思えない場面にも遭遇する。つまりイエスに贈り物を持ってきたのは、単に頭の良かった人たちではなく、品格をも備えた人たちだったのである。つまり社会的にも認められ、また周囲から尊敬されていた人たちであったと容易に想像できよう。

そのように人々から敬われていた人たちが、たった一人の赤ん坊のためにはるばる遠路旅してきたのである。それも単なる興味本位でやってきたのでもなく、自らの学説を証明するためでもなく、またお世辞にも豊かとはいえないヨセフやマリアの元に誕生した赤ん坊を庇護するためでもなかった。彼らは生まれたばかりのまだ赤ん坊だったイエスの前にひれ伏し、宝物を贈ったばかりか、礼拝を捧げたのだった。彼らが見せ掛けの賢者ではなく、真の賢者であったからこそ、このような態度を取ることができたのだろう。彼らはイエスが何者であったか、つまりやがては神の民の牧者となることを知っており(同6節)、そのような神の約束を信じ、疑うことをしなかったのだ。

本当に知恵のある者は、自らを頼まず、神と神のことばを頼むのだろう。キリストの誕生を祝った博士たちは、それを実践したのだった。そして彼らは大きな喜びを得たのである。(同10節)