履物のひもを解く値打ち

想像してみると、それを見た者の記憶に強い印象を残しそうな場面である。ヨハネのことだ。何と言っても、荒野に住み、ラクダの毛皮を着て、イナゴを食べ、蜂蜜を舐めながら日々過ごし、食事をしていない時には、罪を悔い改めるようにと叫び、望む人々に洗礼を与えていたのだから、おそらく当時でも滅多に見ることのできない光景であったことだろう。どうも彼は当時ちょっとした有名人だったようで、多くの人々が彼のところまで出向いて来たという。聖書にこのように記録されているほどだ。「そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。」(マルコの福音1章5節)

それにしても一体人々はどのような思いで、ヨハネのところに出掛けて行ったのだろうか。さすがに主役ではない人々については、福音書には記録されていない。また当時の人々がどのように物事を考えていたのかも、当然ながら私には分からない。では私がその時代に生きて、もしヨハネの噂を聞いたらどうしたであろうか。そもそもどのような噂を私は耳にしたことだろうか。たぶん彼に関する噂というのは、聖書に記録されている内容と似たようなものだったのではないかと思うのだ。いずれにしても、人々が見たことや聞いたことが元になっているからだ。

もし私がその時、その場所にいたら、人々がこういうのを耳に挟んだことだろう。「ヨルダン川のそばに、ラクダの毛皮をかぶって、バッタを捕まえて食ってる変人がいるらしいよ。なんでも罪を悔い改めろみたいなことを言ってるんだってさ。」

なんと言っても、目の前に開いたパソコンの画面で、世界中のあらゆる出来事を時間をおかずに見ることのできるような時代ではない。気になることがあれば、現場に出掛けていって自分自身で確認することしかできない時代である。おそらく私もヨハネが本当に人々が噂しているような者であるか、気になって足を運んだことであろう。噂は人を呼び、多くの人々が彼のところに出掛け、彼の話すことに心を動かされ、各々が自らの罪を悔い改めて、身を清めるために洗礼を受けたという。さて、当時の私はどうしただろうか。渦中に身を置くよりは外から傍観することを好む私の冷めた性格からして、おそらく群衆の外に身を置いて眺めているだけかもしれない。

ところでヨハネであるが、あれだけ人気があったというか、有名になったにも関わらず、自身のことを宣伝することはなかった。もしかしたら群衆は彼のことを持ち上げようとしたかもしれなかったが、彼はそれを受け入れなかったようだ。それどころか彼が人々に伝え続けたことは、こうだった。「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつのひもを解く値うちもありません。私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。」(同7〜8節)

それを聞いて人々はどう感じただろうか。ヨハネの言うことを遠くから聞いていた私は、おそらくこう思ったことだろう。今更何を言っているのだろうか、これだけ多くの人々に影響を与えておきながら、自分よりもさらに偉大な者が現れるとはどうにも信じがたいものだ、と。それもちょっと偉いとかそういった程度ではない。多くの群衆を惹きつけているほどのヨハネでさえも、そのサンダルのひもをほどく資格すらないという。足というの常に地面に接している部分であり、現代のように作りのしっかりとした靴があったわけでもなければ、道路が舗装されてもいなかった頃である。足とは埃と汗にまみれて一番汚れていたと考えても間違いはあるまい。しかしヨハネはそのお方の足に触れることさえ恐れ多いと言っているのである。

もしヨハネが望みさえすれば、彼の元に集まっていた群衆を扇動して、自らを偉大な者とすることもできたであろうが、そうはしなかった。それは彼が来たるべきお方が誰であるかを知っており、なおかつそのお方を敬っていたからであろう。果たしてそのお方とは誰であろうかと、離れたところから見ていたであろう私は興味と疑問を抱いたことだろうし、おそらく群衆も同じように思っていたかもしれない。

まだ実際に会ったことのない「力のある方」に対して、ヨハネはその前にへりくだり、群衆はその訪れを期待し、待ち望んだ。もしそのお方が誰であるかを知っているのであれば、なおさらそうあるべきなのだろう。