暦の上では

十二月に入ってしばらく経ったなぁ、なんてことをぼんやりと考えていると、色んなことが頭に浮かんでくるわけだが、そのひとつに「暦の上ではディセンバー」が登場している。知っている人は知っているだろうが、過日話題になったNHKの朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の中の劇中歌のひとつである。これといって最初の方は見ようとは思わなかったのだが、どういうわけだか途中からはまってしまった。それにしても2013年度上半期放送分だから実際には十二月に放送されたわけではないのだが、まぁ、物語の中では十二月の設定もあったのだろうから、ディセンバーがあっても構わないのだろう。さて立冬からひと月ほど経って、暦の上ではすでに冬である。

ところで冬と聞いて、私の頭に浮かんでくる言葉に「冬季限定」とか「冬限定」というものがある。どうにもこの言葉に私は弱い。これらが書かれているものに自然と目が向いてしまうのである。最近ではドトールコーヒーの店先で宣伝している「ラムレーズン・ミルクレープ」であろう。謳い文句は「冬限定!季節のミルクレープ」である。これが気になってどうしようもない。冬が終わってしまう前に是非とも一度は食べてみたいものであるが、どうも宣伝を見るだけで、なかなか店に入る余裕がないのが現実である。まことに残念なことである。

もっとも正直に言うと、冬限定である必要はない。春限定でも、夏限定でも、秋限定でも構わないのである。そのように書かれているのを見掛けると、どうしても視線がそちらに向いてしまうのだ。

それにしても、季節限定の魅力とはどこにあるのだろうか。私が思うに、というよりも私がこの類の商品についつい手を出してしまうのは、この機会を逃したら再び同じ商品をみることがないのではないだろうかと思ってしまうからである。その商品の価値というものが、一年を通じていつでも買うことのできる普通の商品よりもあるのではないかと考えてしまうのだ。それほど価値があるのならばと思い、ついつい買ってしまうのである。そんな希少価値がこの手の商品の魅力のようにも思える。いや、もちろん季節感があるから、というのも否定はしないが。

屁理屈はこれくらいにするとしよう。十二月に入ってもうすぐで十日にもなろう。改めて街の様子を見てみると、クリスマスの準備が終わったところがほとんどであろう。ぼちぼちクリスマス限定なるものがでてきてもおかしくなさそうな時期である。クリスマスシーズンにしか販売されないようなケーキがありそうな気がするが、果たしてどうであろうか。ちなみにドトールにはクリスマス限定ミルクレープというのがあるらしいが、そんなことを書いていると腹が減ってしようがない。

さて、あれやこれやと目移りをしそうになるが、季節限定メニューよりももっと大切なことがある。それはこの時期に限定されていることのように思われるかもしれないが、実際はこの時期に限らずにいつでも、そしていつまでも私たちが憶えておかなくてはならないと言えよう。すなわち、クリスマスそのものがそれである。クリスマスは確かに年に一度、この季節にしか訪れない。しかし、クリスマスが持つその意味は、この時期に限られたものではない。世の中には、十二月が過ぎたら次の十一ヶ月の間、クリスマスのことを考えずに過ごしていく人たちが多くいるかもしれないが、それは彼らにとって実にもったいないことであろう。そして、クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う時と知っているとしても、もしそれだけであったら、やはり何か欠けているような気がする。

イエス・キリストが誕生されたその理由、またその目的、それらすべてを知って初めてクリスマスに意味が持たせられるのではないだろうか。そして後に続く十一ヶ月の間、それを心に留めておくことができれば、それは人にとって何らか形で祝福となるであろう。なぜならキリストはそれだけの力を持っておられるのだから。

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」(イザヤ書9章6節)