弟子の視点、主の視点

歴史はおもしろい。そう感じるようになったのは、私が大人になってからである。高校の頃は日本史や世界史の授業が、退屈極まりないものに思えたものだ。もとより暗記の苦手な私だったからなおさらである。今さら言っても仕方が無いのだが、もう少しまじめに勉強しておけば良かったと思う。歴史の魅力というのは、過去に起こった事実はひとつだけしかないにも関わらず、後の世に生きる私たちは、様々な視点からそれを観察することができることにあるのではないかと私は思うのだ。

学生時代歴史に接しなかった反動か、私は歴史小説が好きである。もちろん小説であるから、史実を基にしているとはいえ、多かれ少なかれ作家の主観や脚色が入っているだろうから、完全に真実であるとは言えないだろう。だが、それなりの調査に基づいて書いているだろうし、大筋ではあっているとも言えよう。たとえば、幕末から明治維新の出来事やそれに関係する人々を題材にした作品は多い。ちょうど私の好きなジャンルでもある。江戸から明治へ時代の遷移というひとつの出来事である。幕府や会津の側から読むこともあれば、薩摩や長州の立場から読むこともある。官軍の視点もあれば、賊軍の視点もある。無責任かもしれないが、傍観者として私は様々な視点から物事を見ることができる。もし私がその時その場所にいたら、自分自身のただひとつの視点からしか物事を見ることができなかっただろう。

さて、聖書も過去の出来事が記されているとすれば、様々な視点から考えることもできるだろうし、知恵も多少はつくかもしれない。信仰についても様々に考えることもできよう。ところで、ある時イエスは十二弟子を集めてこのように言った。「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは、人の子を死刑に定め、そして、異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日の後に、よみがえります。」(マルコの福音10章33~34節)

もちろんイエスのこの発言が何を意味しているのか、私たちには明白である。では、弟子たちはどの程度理解していただろうか。おそらくほとんど理解をしていなかったかもしれない。それどころか、とくに二人の弟子は、ずいぶんと的外れなことをイエスに言っている。「先生。私たちの頼み事をかなえていただきたいと思います。……あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください。 」(同35、37節)

聖書にはこの二人がヤコブとヨハネであると書かれている。この二人の視点から見れば、イエスはやがて王座につくことになるだろうから、そのあかつきには側においてもらおうと目論んでいたのかもしれない。イエスは彼らにこう言った。「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていないのです。あなたがたは、わたしの飲もうとする杯を飲み、わたしの受けようとするバプテスマを受けることができますか。」(同38節)

「できます。」

「なるほどあなたがたは、わたしの飲む杯を飲み、わたしの受けるべきバプテスマを受けはします。」(同39節)

イエスが飲む杯、受けるべきバプテスマが何であるか、二人が分かっていたとは思えない。それが十字架での苦しみと死を暗示していることは、私たちにとっては明らかにされているが、二人には想像すらつかなかっただろう。イエスの死に接して、ようやく二人は会話の意味に気付いただろうか。それとも、まだ分からなかっただろうか。

だが歴史はイエスのことば通りになった。ヤコブはヘロデ王に殺され(使徒の働き12章1~2節)、ヨハネは島流しにされて生涯を終えることになる(ヨハネの黙示録1章9節)のだが、彼らの「できます」の返事がこのような形になるとは、その時には想像だにしなかったことだろう。またこの会話を聞いた他の十人の弟子たちは、腹を立てたというのだから、やはり誰もイエスの言っていることが理解できず、ただ誰がイエスの側に座るかともめていたのかもしれない。イエスはこう言った。「……みなに仕える者になりなさい。……みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(同43~45節)

弟子たちすら理解できなかったイエスのことばを私たちが分かるというのは、後の世に生きていることの特権であろう。