何を伝えよう

私を知る人であれば私の名前を知っているだろう。私を知らない人ならともかく、私を知る人は誰も私の名前を疑う人はいないだろう。もちろん、私自身も自分の名前を疑ったことはない。私は生まれたときから、この名前で呼ばれているわけだし、印鑑登録も含めてこの名前を公的な場面で使っているのだから、今さら疑う理由などどこにもない。これはもしもの話だが、相当に疑り深い人がいたとしよう。こいつの名前は本当に山本克稔なのかと疑われたとしよう。戸籍に名前が書かれてことが何よりの証拠ではないか、と説得することもできそうだが、もしその人が戸籍を疑ったらどうなるだろうか。区役所の人が間違えてしまうことがないとも言えないし、誰かが夜中にこっそり忍び込んで改ざんしてしまう可能性も否定はできまい、などとあれこれと理由を言ってくるかもしれない。しまいには、戸籍といえども完璧ではないと言うかもしれない。そのようにして、私の名前が書かれているものをことごとく疑い、他の人が言うこともまったく信じないのであれば、その人に私の名前を証明する手段はないわけで、どうやっても信じさせることはできないだろう。私を知る人や、私自身にとっては、私の名前はこの上なく現実のものであるが、それを疑う人にとっては、それは現実とはなりえないのだ。

もしかしたら信仰というのも、そのようなものなのかもしれない。父なる神、子なるキリスト、聖霊というものは、私にとっては疑う余地のない現実の存在なのであるが、それを証明することは私にはできない。聖書に書いてあるからと言ったところで、そんな遠い昔に書かれたものなど信じるに値しないと反論されてしまったら、私には返す言葉もない。信じる私にとっては現実なのであるが、信じない人々にとっては、それは絵空事か神話か物語でしかないのである。だがしかし、信仰があると言っても、私の信仰心が篤いというわけでもない。もとより神を慕い求めて信仰を持ったわけでなく、打算的な理由で信仰を持ったに過ぎないのだが……まぁ、結果としてはそれでよかったのかもしれない。

ところで、日本人は信仰心や宗教心が薄い民族と見られているらしい。特定の何かを信仰していることが宗教心と言うのであれば、そう言われてもやむをえまい。むしろ私のような人間は少数派であろう。だが日本人の面白いところは、クリスマスを祝った数日後に、お寺の除夜の鐘を聞いて、その数時間後には神社に初詣に出掛けるのである。そう考える、宗教心が薄いと言うのではなく、こだわりがないと言うべきであろう。

考えてもみれば、仏教にしても、キリスト教にしても、外来のものである。それらが今では日本人の生活とうまく調和を保つことができているのだから、これはもしかしたら世界でも珍しいことなのかもしれない。禁教令によるキリシタン弾圧や廃仏毀釈による仏教弾圧が、過去に我が国の歴史においてあったにも関わらず、さも当然のように私たちの生活の一部になっているのだ。してみると、あながち日本人の宗教心が薄いとは言えないだろう。古来、八百万の神がいると言われているように、我々日本人はあらゆるものに神性を見出すことに慣れているのかもしれない。

それにしても遠く離れたイスラエルの地で生きたイエスの物語が、彼が生きた時代から数えて約千五百年後にフランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられたのだ。さて、飛行機も電話回線もない時代だったわけだが、千五百年は長く思えるかもしれないが、案外短かったのかもしれない。さらにそこから数えて約五百年経った今日でも、世界の果てまで伝えるという働きは、多くの人々によって続けられているのだ。つまり、キリストの物語と彼が教えたことは過去二千年もの間、様々な方法で多くの人々に伝えられているのだ。

しかし、すべての物事に始まりがあるように、このことにも始まりがあった。そして、それは他ならぬイエス・キリストご自身によって始められたのだ。当時、イエスはガリラヤ湖畔の町で、人々の病をいやし、また悪い霊につかれている人々をそれらの霊から解放していた。おそらく人々にとっては、彼は問題解決の手段であり、無くてはならぬ存在であったろう。彼らはイエスがどこかに行ってしまわないかと心配だったようで、どうにかして彼を引き留めようとしていたらしい。イエスはそのような人々の様子を見て、こう言われた。「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」(ルカの福音4章43節)

神の国の良い知らせを人々に伝えることが、イエスの目的であった。イエスがそうされたように、病の人たちをいやすことや、悪い霊から人を救うのは、誰でもができることではなさそうである。しかし、彼がどのようなお方であったか、また彼が何を教えていたかを伝えるのは、その気になりさえすれば、さほど敷居の高いことでもなさそうである。