すべてを捨てる難しさ

以前から調子が悪かった私のパソコンであるが、三週間ほど前、ブレンダーみたいな音がして、小刻み振動するようになったではないか。頑張って使おうと思えば使えないこともないのだろうが、いくらなんでもうるさすぎて何かをするにも集中できないし、そのまま放っておいて火でも噴こうものなら大騒ぎになるので、さすがの私でも使うのを止めてしまった。とは言え、パソコンがないのは不便である。スマホで何でもできるほど器用な私ではないし、予備もあることにはあるが、あくまでも持ち運んで使うための小さいやつなので使いにくいし、さぁ、どうしたものだろうか。何か手頃な中古パソコンを探さねばなるまい。とは言っても、予算は限られている。しかしあまりにも古いと使い物にもならないし、下手すりゃまたすぐに壊れてしまう可能性もないとは言えまい。

さて過去の経験からすると、店頭で買うとどうしても割高になってしまうので、ここはネットのオークションを利用するしかない。ちなみに今まで3台落札したことがあるが、ハズレを買ったことはないので、半分賭けのような買い物かもしれないが、下手な買い物をしないだけの自信はある。あるが、いかんせん今回は予算が限られているし、値段以上の製品を探そうとしているので、なかなか難しい。分解修理を目的でがらくた同然のものを数千円で買おうというのは、ワケが違う。何度か妥協して上限を引き上げようかと誘惑に負けそうになったが、冷静になって考えてみるとそれだけの余裕がないし、なぜだか意固地になってしまう。入札すること数回、いずれもオークション終了の直前で私の予算額以上の金額で入札されてしまうので、結局落札することならずといったところだ。それでも諦めずにいたら、ようやくのこと使えそうなものを予算内で落札。最後は私にも運が回ってきたらしい。

運が回ってきた、確かにそう言ったとしても間違えではないかもしれない。目で見る限りでは、それは偶然であり、運が良かっただけにしか映らないだろう。しかし、ものは考えようである。これを奇跡と捉えると、どうなるだろうか。奇跡を起こすことのできる存在は神をおいて他にはいないだろう。だとすれば、これはオークションを通して神が私に与えた機会となる。幸いにも、どうやら天に積み立てたものを崩すことなく、私が求めているもの、必要としているものが備えられたのだから、全く以て感謝なことだ。どんなに小さかろうと、地味であろうと、奇跡に違いはない。

ところで奇跡と言えば、ペテロが経験したことも奇跡である。夜通し漁に出ても収穫ゼロだったときに、半信半疑であったかもしれないが、イエス・キリストが言った通りにしたら、なんと信じられないような大漁になったのだから。さて、ペテロと彼の仲間たちはその後どうしたか。ルカはこのように書いている。「彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。」(ルカの福音5章11節)

すべてを投げ出して、彼らはイエスに従うことにしたのだ。なぜ、彼らはそうしたのだろうか。奇跡を経験したからだろうか。確かにそれもあるだろう。もしイエスの言うとおりにしても魚を一匹も取れずにいたら、「ほら、やっぱりダメだったじゃないか」と言って、イエスを置いて帰ってしまったかもしれない。しかし、それだけが彼らが従った理由なのだろうか。イエスとペテロたちが出会う以前に、イエスによって悪い霊から解放されたり、病気を癒やされたりした人々はいたはずだ。だが、彼らの誰一人として、すべてを投げ打ってイエスに従おうとしなかった。そうしようかと考えたり、願ったりもしたかもしれないが、実際に行動する者はいなかった。

ペテロたちを動かしたのは何だったのだろうか。それは、もしかしたら彼らのイエス・キリストへの期待だったのではないだろうか。それがどのような期待であったのかは、私には分からない。しかし、彼らがすべてを捨てたということは、彼らの持っていたすべて合わせたもの以上の何かがあると思ったからであろう。さほど得るものがないと考えたとすれば、ペテロたちはイエスに従って行かなかっただろう。

イエスやペテロの生きていた時代と比べて、今ははるかに複雑な時代であろう。すべてを捨ててイエスに従うなんてことは、たとえそうしたいと願ったとしても、簡単にはいかない。おかげで私のような中途半端な信仰者にとっては、体よく何も捨てないで過ごせているわけだが。

程度の違いこそあるにしても、奇跡だと思えることがあれば、それは神を思い出し、神に感謝することのきっかけになるだろう。すべてを捨てるのは様々な意味で難しい、いや、もしかしたら不可能に近いことかもしれないが、せめて神に思いを巡らすときは、頭の中の余計な考えや、心の内の雑多な思いをすべて捨てたいものだ。そして空いた場所を神への期待で埋めることができたら、人は心穏やかに過ごせるのではないだろうか。

ということで、新しいパソコンで書いた、記念すべき最初の記事は以上である。