暑い夏のあと

ようやく最近涼しくなってきた……と喜んでいたら、ここ二日三日ほど、暑い夏の日が戻って来てしまったようだ。とは言っても、先月の今くらいに酷暑とか猛暑とか言われていた頃と比べたら、だいぶ過ごしやすいのは確かである。なんと言っても、暑さに弱い私が言うのだから、間違いない。しかし、冬が寒いのはまだ納得できるが、夏が暑いのは許しがたい、と言うのが私の正直な感想である。まぁ、暑いだけならまだしも、それにジメジメが加わるのだから、なおさらに受け入れがたいものである。

だが、ものは考えようである。涼しくなったことのありがたみを感じることができる最たる理由は、やはりあの夏の暑さを身を以て知っているからこそであろう。もし、7月になっても8月になっても、暑くならなければ、それはそれで過ごすのは楽かもしれないが、9月に入っても、10月になっても、涼しくなったと実感することはないかもしれない。それこそ、気がついたら冬になっていた、なんてこともあり得る。ちょっと大げさかもしれないけど。いずれにしても、人というのよろしくない状況に置かれていることを経験することで、そこから解放された時の喜びというのを得られるのかもしれない。そうやって考えてみれば、夏の暑さも冬の寒さも私にとって少しは役に立っているのかもしれない。文句を言うばかりでなく、秋の涼しさや春の暖かさを感じるための準備だと見れば、堪え忍ぶこともできよう。

それはさておき、暑さや寒さだけではなく、人が好ましくないと思う状況というのは、数え上げたらきりがないかもしれない。それがどのようなものであるか、具体的には説明できないが、それを経験していた人々について、ルカの福音書にはこのように書かれている。ちょうど、イエスが十二人の使徒を選んだその後のことだ。「それから、イエスは、彼らとともに山を下り、平らな所にお立ちになったが、多くの弟子たちの群れや、ユダヤ全土、エルサレム、さてはツロやシドンの海べから来た大ぜいの民衆がそこにいた。イエスの教えを聞き、また病気を直していただくために来た人々である。また、汚れた霊に悩まされていた人たちもいやされた。」(ルカの福音6章17~18節)

さて、イエスに会おうと、ガリラヤ湖から遠く離れた地中海沿岸のツロやシドンなどの遠方からはるばるやってきた人々もいたそうだ。イエスの噂が遠くまで広まっていたのも事実なのだろうが、彼の噂を聞いて遠路旅してきた人々がいたというのが、驚きに値することなのかもしれない。当然ながら公共の交通手段などない時代である。徒歩、良くてもラクダやロバの背中に乗って移動するしかない。それだけでも大変な困難であろうと想像するのは容易である。しかも集まってきた人々の多くは、病んでいたり、苦しんでいたり、悩んでいたりという具合で、まともに旅をするのが無理に近いような人々であった。健康な人が待ち望んだ旅に出掛けるというのとはワケが違ったのだ。だが、そうまでしてもイエスに会いたいと、人々は彼らを苦しめる様々なものから解放されたいと必死の願いがあったのだろう。

純粋にイエスを慕い、彼の教えることを聞きたいと考えていた人々もいたが、もっと切実な問題を抱えた人々が大勢いたのだ。暑い夏が苦手だ、などと文句を言っている程度の問題では済まないくらいの大問題、それこそ一年後に生きているかどうか、という人々ばかりであったろう。彼らは病が癒やされ、悪い霊から解放されることをイエスに求めていたのである。

そして彼らはどうなったのか。ルカはこう記録している。「群衆のだれもが何とかしてイエスにさわろうとしていた。大きな力がイエスから出て、すべての人をいやしたからである。」(同19節)彼らにとって幸いなことに、求めているものを得られたのだ。

さらに、イエスは集まった人々にこう教えている。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから。」(同20~21節)

イエスのもとに集まってきた人々の多くは、ここに書かれているように「貧しい者」「飢えている者」「泣いている者」であったろう。ところが、イエスは彼らが「幸い」であると言っている。傍目にはそのように見えないし、もしかしたら、当人にしても、すぐにはそうは感じられなかったかもしれない。しかし考えてもみれば、そのような苦難を経験したからこそ、解放された時の喜びを感じることができるのだろう。

大きな病気にもならず、日々の生活に困ることもなく、たいした不安や心配もなく、普通に過ごしている身にとっては、彼らの苦難を想像することは難しい。だが、私にとって当然のことが、ただ私が意識していないだけで、実は祝福された結果なのかもしれない。