百人隊長の信仰

さて、イエス・キリストの噂は広がる一方であった。長らく救い主の到来を待ち望んでいたユダヤの民にとっては、彼がイスラエルの王となるべきお方であるかどうかと気にしていたであろうし、また律法学者や宗教家たちは、彼らの立場を危うくする人物であるかと不安を抱きながらイエスに対して否定的、攻撃的な考えを持つようになっていたことだろう。だが多くの人々にとっては、彼は病に苦しむ人々を癒やし、悪い霊に取憑かれた人々を解放する一方で、神の福音、すなわち良き知らせを伝える教師という面も持ち合わせた、言うなればありがたいお方であったに違いない。それゆえ群衆は彼のところへと集まってきたのであろう。そしてユダヤ人でなくとも、やはりイエス・キリストの噂を耳にした人々は大勢いたことだろう。イスラエルの事実上の支配者であったローマの国民にもイエスのことは知られていただろう。

しかしながら、ローマ人たちがイエスのことをどのように受け止めていたのかは、聖書から知ることはできない。というのも聖書の意図する最大のオーディエンスがイスラエルの民であることを考えると、仕方がないことも納得できよう。だが当時のイエス・キリストをユダヤ人以外の視点から見たら、どのように映ったのかということには興味がある。聖書には書かれていなくとも、当時の文献や記録などを探せば何らかの手掛かりは掴めるかもしれないが、さすがに歴史家でもない素人の私には難しそうだ。将来時間に余裕が出来た時の楽しみにでも取っておくとしよう。

ところで、ローマ人に関する記述が聖書にはまったく書かれていないというわけでもない。例えば、ある百人隊長に関することがルカの福音書には記録されている。あるユダヤ人の長老の言葉を借りると、このローマ人は「私たちの国民を愛し、私たちのために会堂を建ててくれた人です。」(ルカの福音7章5節)彼は支配階級にありながら、ユダヤ人たちを威圧することなく、むしろ彼らと良好な関係を保っていたのだ。当時のローマ軍の規律では、軍人としての体力や能力は当然として、軍人として数年仕えた経験があり、文字の読み書きに通じており、なおかつ百人もいる部下の兵士を束ねるだけの統率力があり、地位のある人物からの推薦状があり、年齢は三十歳以上であること、という当時としては厳しい条件を満たした者だけが就くことのできる名誉ある地位であったという。それを踏まえると、腕力に物を言わせるだけの無骨な軍人ではなかったであろうことが想像できる。それだけの徳を備えた人物であればこそ、支配下にある国民への理解を持つことができたのだろう。

だが彼にはひとつ心配事があった。「百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。」(同2節)部下の兵士ではない。ただのしもべである。兵士であれば、百人隊長にとっては大事な兵力であるからことは重大である。だが、しもべであれば、新たにローマから派遣してもらうか、現地で採用することで、ひとり欠けたところで補充するのはさほど難しいことでもなさそうである。だが彼にとっては、たとえしもべであっても重要な存在だったのである。なればこそ「百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした」(同3節)のである。多くのユダヤ人と同様、彼自身もイエスは病を癒やすことのできるお方と認めていたのである。彼が仕えるローマ帝国との利害関係という視点から、イエスを見ていたのではない。

その後のことは、このようにルカの福音に記録されている。「イエスのもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。『この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。』……イエスは、彼らといっしょに行かれた。そして、百人隊長の家からあまり遠くない所に来られたとき、百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに伝えた。『主よ。わざわざおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。』」(同5~7節)

百年隊長が求めたのは、イエスからのことばであった。なぜならイエスのことばには病を癒やすだけの権威があることを、このローマ軍人は気付いており、わざわざイエスに来て頂くのを畏れ多いと考えていたのだ。そのような彼の対応を見てイエスはこう言われた。「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」(同9節)

ローマ人でありながら百人隊長はユダヤ人を慈しみ、また配下にある者を憐れむ。もしかしたら彼は無意識のうちに、イエスの生き方を倣った信仰を実践していたのかもしれない。