背負っているもの

世の中の多くの人々が背負っているものがある。さて、何であろう。罪、だろうか。いや、そうではない。聖書の視点から見れば、すべての人々は罪を背負っているのだから、それを負っていない人々もいることを考えれば、罪ではないことは確かである。さてついでに言えば、これは個人だけではなく、法人が負っている場合がある。それどころか、教会でさえも負っていることがある。何かと言えば、借金、である。ローンだとか融資だとか、言い方は色々あるだろう。純粋な借金からクレジットカードでの買い物まで、その形態も様々である。手段や印象の違いこそあれ、乱暴な言い方をすれば、他人の財布をあてにしていることに違いはない。あまり理想的な経済活動ではないかもしれないが、家にでっかい金庫があって、現金がじゃぶじゃぶしているのでない限りは、順当なことなのだろう。また借金ができるということは第三者からも信用されているということの証拠でもあるというから、便利なのか複雑なのか、それが今の世の中の仕組みというものだろう。

例えば、現金で家を買う人はあまりいないだろう。ほとんどの人は住宅ローンを組んで銀行からお金を借りて、そのお金で支払うに違いない。私もまだあと十数年ほど残っているわけだが。もちろん、自分の家は自分の所有物であって、その利用に関しては自分の思いのままにすることができることに違いはない。だけれども、借金の返済が滞り、銀行から信用されなくなったら、銀行はいつでも私から家を取り上げることができるのだ。いわゆる抵当権というものであるが、これが設定されている限りは、自分のものであっても完全に自分の自由にできるわけでもないのである。借金を完済して、抵当権を抹消しない限りは、本当に自分のものにはならないのである。自由への道は遠いのだ。

さて、今の時代のことはこれくらいにして、イエス・キリストの時代に目を向けよう。ある時、イエスがパリサイ人の家に招かれて出掛けて行った。彼がパリサイ人の家にいることを聞いたひとりの罪深い女性がやってきて、「香油のはいった石膏のつぼを持って来て、泣きながら、イエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った」(ルカの福音書7章37~38節)という。「パリサイ人は、これを見て、『この方がもし預言者なら、自分にさわっている女がだれで、どんな女であるか知っておられるはずだ。この女は罪深い者なのだから。』と心ひそかに思っていた。」(同39節)

なぜパリサイ人がイエスを招いたのか、真相は分からない。もしかしたら、当初はイエスが何者であるかと、素直な疑問や興味があったのかもしれない。それこそ、彼に対する敬意があった可能性も否定はできまい。ところがこのことがきっかけで、パリサイ人はイエスが自分と同じ考えを持っているか見て取ろうとしたようだ。つまり、イエスがパリサイ人と同じ考えを共有するかどうか、ということである。

しかしその思いに気付いてか、イエスはパリサイ人にひとつの質問をした。「ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」(同41~42節)

彼はイエスにこう答えた。「よけいに赦してもらったほうだと思います。」(同43節)当然な答えであろう。誰だって同じことを聞かれたら、彼と同じように答えるに違いない。誰だって百円の借金を帳消しにされるよりは、百万円の借金を棒引きにされたほうが、ありがたさの度合いが違うというものであろう。またイエスご自身も、彼の答えは間違っていないとも言っているではないか。

しかし、この問いかけを通じてイエスが伝えたかったのは、借金のことではない。「この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。」(同47節)すなわち、彼女は多くの罪がイエスによって赦されることを信じており、そのことに対する応答として、涙でキリストの足をぬらし、髪の毛でぬぐったのである。片や、パリサイ人はどうだろうか。彼はキリストに何もしなかった。おそらくそれは、彼が赦しを必要と考えていなかったからであろう。

人は誰もが罪を背負って生きているものである。例外はいない。何年掛かろうとも、どれだけ善行を積もうとも、神に対する罪の代価を人は完済することができない。誰かが人の罪を赦さねば、その人は完全に自由にはなれないのである。罪深い女性も、パリサイ人も、その点では同じだった。だが、キリストによって赦されることを信じたのは女性の方であった。「あなたの罪は赦されています。……あなたの信仰が、あなたを救ったのです。安心して行きなさい。」(同48、50節)そして自由になったのも女性の方であった。