短い祈り

腹が減るのは精神衛生上あまりよろしくないだろう。それというのも、腹が減ると怒りっぽくなってしまうからだ。ダイエットは悪いことではないにしても、あまりやる過ぎるのも問題であろう。だから私は無茶なダイエットなどしない。食べたいものがあれば食べ、飲みたいものがあれば飲み、余計な我慢などせずに手を出すのが一番である。もちろんあまりお金を掛けないでだけど。つまり不要なストレスを溜め込まないのが、健康になるための方法の一つであろう。そう私は考えている。が、ストレスが溜まらないのは確かなのだが、あまり健康になった気がしないのは、なぜだろうか。ストレスの代わりに、脂肪が溜まっているからだろうか。梅雨が明けたら夏である。夏が終わると、人間ドックである。このままだと、色々と困ったことになりそうな予感がしてならない。

そう言えば、空腹の時に食べ物を見せられると、じっとしていることができない。そう感じているのは、果たして私だけであろうか。ある週末、一日の終わりで私が腹を空かせていたとしよう、そんな私が見ているところで妻が唐揚げを作っている。ちょうど揚がったばかりの唐揚げがキッチンペーパーの上に並べられている。熱いのは分かっているが……手を出さずにはいられない。が、手を出そうとすると、妻が慌てて私を止めるのだ。唐揚げの一つくらいつまみ食いしたっていいじゃないか、え?まだ出来てないって?おいしく仕上げるには二度揚げが必要だって?そんじゃあ仕方ない、ここはおとなしく我慢しよう、二度揚げが終わるまでは。さすがに半生の鶏肉を食べるほど飢えてはいない。どうも腹が減って食べ物を前にすると、食欲が何ものにも勝ってしまうようである。食前の祈り?そんなもん知らんわ、唐揚げが冷めちゃうじゃないか、そう感じることがないとは言えないのが実際である。

ともあれ、祈りを手間に思うというのは、さすがによろしくないであろう。そもそも祈りとは、どのようなものであろうか。一般的に考えてみれば「神様に願い事をする」というくらいのことになるかもしれない。もちろん、それはそれで間違ってはいないだろう。また、信仰者として答えるのであれば「神との会話をもつ」ということになるだろう。しかしそれでは、抽象的過ぎてどうも分かりにくい。

ところで、イエスの弟子たちも同じような疑問を持っていたようである。ルカの福音書にはイエスと弟子たちのこのようなやりとりが記されている。「さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。『主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。』」(ルカの福音11章1節)

おそらく、イエスが祈っている姿を見かけて、弟子のひとりは自分たちが祈りについて、イエスから教えられていないことを思い出したのだろう。ヨハネは彼の弟子たちに祈りについて教えたのに、ヨハネに「私などは、その方のくつのひもを解く値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります」(同3章16節)と言わせたほどのお方が、なぜ自分たちには同じように祈りを教えてくれないのか、そのような疑問もあったのかもしれない。

イエスは弟子たちにこう答えた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者をみな赦します。私たちを試みに会わせないでください。』」(同11章2~4節)

いわゆる主の祈りというものである。(補足までに言っておくと、教会の中で使われる主の祈りはマタイに記されている方である。ちなみに、そちらの方がちょっとだけ詳しくて、長い。)イエスによれば、祈りとは、私たち人間の側からの神に対する呼びかけであり、神を讃えることにある。そして神への賛美に続いて、私たちは神に願うことができるのだ。ただし願うのは、私たちが望んでいる何かや私たちが欲している何かではなく、日々生きていくために私たちに必要な何かである。また罪の赦しを求めるときに、同じようにして私たちも他人の過ちを赦すという意思表示が欠かせないのだろう。そして最後に、と言っても優先度が低いわけではないが、試みに会わせないとは、すなわち私たちを試そうとする存在から、私たちを守って欲しいと神に助けを求めることでもある。

イエスが教えたのは祈りの基本の形であって、必ずこれに従わねばならないというものではないだろう。しかし、祈っている余裕がないとか、あまり気が乗らないとか、そのような時には、イエスが教えた通りに祈ってみるのもよいかもしれない。あまり長いものではないので、覚えることもできよう。覚えた祈りを胸の内で唱えるだけであれば、唐揚げも冷めないし、蕎麦も伸びないだろうから。日常の小さなことで祈りを惜しむのは、勿体ないことである。