神の国の訪れ

二年ほど前のことだが、私の勤務先のビルの隣で新しいビルの建設が始まった。何ができるのかと思いつつ時折様子を見ていたが、ようやく今年の春先くらいに立派な野村総研のビルが完成した。見たところほとんどのオフィスビルがそうであるように、一階部分は共用スペースとなっており、コンビニなどの店舗が入居できるようになっていた。私の興味の対象は、そのビルの一階部分のテナントに、何のお店が入るのだろうか、ということであった。昼食やおやつに、何をどれくらで食べることができるか……働く私にとっての数少ない楽しみの一つであり、実に大切な問題なのである。そして、テナントに何が入るか分かり始めたのが、つい最近のことだ。

私の期待としては、コンビニ……と言っても何でもよいわけではなく、ファミリマートやローソンの系列ではないものが欲しかった。この二系列のコンビニはすでに近所に複数あるから、どちらかといえば飽和状態である。それ以外では、やはり数百円で食事ができるチェーンの牛丼屋、そば屋、うどん屋、中華屋が欲しかったのである。もっとも半ば観光地となっているみなとみらいでは、そのような庶民的なお店はあまり期待はできないだろうことは覚悟のうえだが。考えてもみれば、横浜のみなとみらいにまでやってきて、お昼にどこでも売っているようなものを食べようとはしないだろう。

では、隣のビルのテナントは結局何だったのか。まずはコンビニ、これはセブンイレブンなので、願いが叶ったようでありがたい。だが他は私にはあまり利用価値のないお店ばっかりだ。おしゃれな感じのパン屋、ハワイアンパンケーキのお店、イタリアンなビストロ(それが何なのかよくわからんが)、何やら高そうな海鮮の和食店、シアトル発祥のチェーンのコーヒー店、どれもこれも特別に理由でもないかぎりは、まず気軽に行こうとは思わない店である。いや、行きたくないわけでもない。予算があるなら、私だって千円プラス消費税を出して、マカダミアナッツクリームパンケーキくらい食べてみたい。

それはさておき、近所にどんなお店が開店するのか、前もって知ることができるのは、何かと気が休まるものである。コンビニができることを知れば、百円でコーヒーを飲むことがはっきりと分かって安心だし、高くておしゃれなお店ができることを知れば、余計な期待などせずに済むだろう。先のことを知ることができれば、それなりに心の準備をすることができるというものだ。

とはいえ、先が分からないこともある。ルカの福音書には、イエス・キリストと律法学者たち、また弟子たちとのやりとりが記されている。律法学者たちがキリストに、神の国はいつ来るのかと尋ねられたとき、彼はこのように答えた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。『そら、ここにある。』とか、『あそこにある。』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」(ルカの福音書17章20~21節)

またその後で、弟子たちにはこのように教えている。「人の子の日に起こることは、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様です。ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、食べたり、飲んだり、めとったり、とついだりしていたが、洪水が来て、すべての人を滅ぼしてしまいました。」(同26~27節)またこのようにも言っている。「あなたがたに言いますが、その夜、同じ寝台で男がふたり寝ていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。女がふたりいっしょに臼をひいていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。」(同34~35節)

神の国とは言うけれど、果たしてそのあり方は一様ではなさそうだ。律法学者の問いに対しては、神の国とは見たり聞いたりすることのできるものではなく、人々の中にあるものだという。おそらくここで言う神の国とは、物理的な存在ではないのだろう。そして人々の中と言っても、これもまた二通りの見方ができるのではないか。まずひとつは、それぞれの人の中すなわち人の心の内側にあるということだろう。確かに人が神を信じ、心の玉座を神に譲るのであれば、そこが神の国となるだろう。もうひとつは、人が神の名によって集まる所に神はおられるというように、信仰者が集うところに神の国はあるのだろう。ただし、いずれにも共通していることがある。それは神の存在するところが、すなわち神の国であり、神の支配の下にあるということだ。

ところが、神の国は信仰者だけが分かるものではない。いや、今はそうでないかもしれないが、やがて誰もが分かる時が来るだろう。そして、その時は何の前触れもなく突然に、誰もが日常のことをして、普通に過ごしている時に突然にやってくるのだ。誰一人として前もって知ることができないから、直前になって備えをしておくことはできないだろう。人にできることは、いつ神の国がやってきても大丈夫なように常に準備しておくことだろう。その時になってからでは、間に合わない。