四十年の忍耐

正月休みに、娘たちの買い物に付き合った。行き先が名古屋であり、勝手知らぬ場所ということだったので、親心から一緒に付いていくことにした。よくよく考えてみれば、母親が一緒にいるのだから、わざわざ父親の私までが一緒に行く必要はなかったのかもしれない。とは言え、名古屋に行くなんて久しぶりだなぁ、何かおいしいものあるかなぁ、とも考えていたので、ついでの名古屋観光という程度にしか考えていなかった。後にこれが失敗の元であったと気付くことになるのだが、その時はまだ「(和菓子の)両口屋是清のどら焼き屋さんがある!しかも、イートインができる!」とか「チーズの漬物がある!味醂粕漬と味噌粕漬か、どっちも気になる……」とか、韓国コスメのお店やアクセサリーのお店を見ている娘たちとは別にひとりで楽しむこともできた。

さて、娘たちが行きたいと言っていたパルコにやってきた。が、これはいけない、人が多い。いや多いどころじゃない、多過ぎる。しかも若い子たちばっか。おまけに、みんな金太郎飴を切ったかのように似たような姿格好をしている。右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、並みならぬ熱気を帯びた人ばかり。何より人混みが苦手な私にとっては、これは苦痛以外の何ものでもない。人混みならディズニーリゾートも人で溢れかえっているかもしれない。でも、あそこは屋外だから常に空気は新鮮であり、順番待ちで並んでいるわけでもなければ、自由に歩き回れるし、疲れたら休むこともできるから、まだ許容範囲である。もうひとつ、人混みと言えば、通勤ラッシュの電車の中は文字通り身動きすらままならないほどの人混みである。でもまだ、通勤ラッシュなら終わりが見えているだけ我慢のしようがある。でも若い子の買い物は終わりが見えない。

映画一本を見終えるくらいの時間が経つ頃には、こちらは忍耐力の限界に達して、頭を掻きむしりながら叫び出したくなるほどだ。親心とは言え、可愛い娘たちとは言え、もう新春大売出しの買い物に付き合うことはないだろう。

そのようなことを考えていると、ひとつ思い出したことがある。荒野を四十年間さまようことになったイスラエルの民と神様の関係である。

エジプトの地で奴隷として過ごしていたイスラエルの民は、モーセを通じて神によって救い出された。しかしながら、彼らのうちには「ああ、肉が食べたい。エジプトで、ただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうりも、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも。だが今や、私たちののどは干からびてしまった。何もなくて、このマナを見るだけだ。」(民数記11章4~6節)と文句を口にする者まで出てくる始末であった。これがエジプトを脱出してから二年目のことだった。新しい地へ住まわせてくれると神様が仰っていたにも関わらず、奴隷時代の悪いことを忘れて良かったことをだけを思い出し、文句を言っていたのである。そんなこんなで結局イスラエルの民が約束の地へ入ることができたのは、エジプトを出てから四十年も後のことだった。荒野をさまよい続けたイスラエルの民も中々のものだが、何より驚かされたのは、その間ずっと彼らに付き合い続けた神様の忍耐である。人々を奴隷生活から解放し、また生きていくうえでの必要なものを与えているにも関わらず、感謝をするどころか、文句は言うし、自分勝手なことをするし、注意をしても言うことを聞かないしで、うんざりしそうなものだが、それでも神様はイスラエルの民を見捨てず最後まで面倒を見続けたのである。

さらに我が身を省みれば、私もどれほど神様の忍耐力を試すことがあっただろうか。イスラエルの民のように不平不満を抱くことが数えきれないほどにあっただろうし、今でも変わっていないかもしれない。もし私が長生きをするのであれば、もしかしたらイスラエルの民が荒野をさまよった年数よりも長く神様の忍耐に甘えてしまうかもしれない。

聖書にはこう書いてある。「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」(Ⅱペテロ3章9節)

忍耐深い神様に、ただ感謝をするのみである。