不安にあおられ

「さて、ヤコブといっしょに、それぞれ自分の家族を連れて、エジプトへ行ったイスラエルの子たちの名は次のとおりである。ルベン、シメオン、レビ、ユダ。イッサカル、ゼブルンと、ベニヤミン。ダンとナフタリ。ガドとアシェル。ヤコブから生まれた者の総数は七十人であった。ヨセフはすでにエジプトにいた。」(出エジプト記1章1~5節)どうしてイスラエルの民である彼らがエジプトに行くことになったのかについては、詳しい経緯が創世記に書かれているから、ここでは省かせてもらうとしよう。

さて彼らがエジプトに移り住んでから時は流れ「ヨセフもその兄弟たちも、またその時代の人々もみな死んだ。」(同6節)そして、その頃にはエジプトの地でイスラエル人たちの人口は増加の一途であった。エジプトの人々が不安になる気持ちも分からぬでもない。

しかしイスラエルの民が果たしてエジプトの民に仇をなす恐れはあったのだろうか。私が思うに、そのような恐れは必要なかったに違いない。なぜならイスラエルの民として最初にエジプトに住むことになったヤコブの息子ヨセフは、エジプトの王や民衆から深く信頼されていたからだ。エジプトの王が彼をエジプト全土の事実上の統治者として任命したほどであり、エジプトが飢饉となった時に彼のおかげでエジプトの民は飢えることなく過ごすこともできたのである。エジプトにとってヨセフは恩人であり、敬う理由は数多あれども、恨む理由は一つもなかったはずである。それはイスラエルの民にとっても同様であろう。彼らの地が飢饉に見舞われたとき、エジプトにはまだ食糧があることを知ったヤコブと息子たちはエジプトに助けを求めてやってきたではないか。おそらくヨセフが生きている間、また彼のことが人々の記憶に残っている間は、エジプトとイスラエルの双方の国民は調和を保ち、隣り合って生活していたであろう。

ところがそのような出来事を知らぬ者が王となったとき、彼が目にしたのはヨセフや彼の兄弟たちの子孫ではなく、イスラエル人という異国の民であった。新しい王にとっては、脅威以外の何ものでもなかった。いや、少なくとも彼の目にはそのように映ったのである。王は国民にこう言った。「見よ。イスラエルの民は、われわれよりも多く、また強い。さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに、敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くといけないから。」(同9~10節)これを聞かされたエジプトの民も不安になったことだろう。

人は何か少しでも心配なことがあると、物事を悪い方へと考えてしまうようである。悲しいかな、今も昔も変わることなく、それが不安に囚われた人々のメンタリティーなのかもしれない。昨今の状況を見れば、人の思考というのは時代を重ねてもまったく進歩していないのは明らかである。流言飛語に煽られて、トイレットペーパーやティッシュペーパーを必死になって買いに行く人々のなんと多いことか。なぜか今では米も品薄になっているではないか。米なんて保存食でもないのに。普通に生活をしようとしている人たちがいるにも関わらず、冷静さを失った人々がいるせいで、普通に過ごそうとしている人たちが必要な時に必要な物が買えないという損な目に遭うのだからたまったものではない。なんと日本だけの話かと思ったら、イタリアではパスタが店頭から消え、オーストラリアや米国でもトイレットペーパーが手に入り難くなっているというのだから、どうやら世界的な問題のようだ。肉体的な健康を犯すウイルスも厄介だろうが、もしかしたらそれ以上に問題なのは、人々から冷静さを奪ってしまう不安そのものなのかもしれない。

ところで不安に駆られたエジプトの王は、イスラエル人を建設や農作業などの過酷な労働に駆り出したのだった。そうすれば彼らが弱くなると考えたのだろう。だがそれどころか、イスラエルの民は苦しめれば苦しむほど数を増すのだった。とうとう王は、助産師に取り上げた赤ん坊が男の子なら殺し、女の子なら生かしておくようにと命じたのだ。だが、それも無駄だった。なぜなら「助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはせず、男の子を生かしておいた」(同17節)からだ。助産師たちの働きにより、イスラエルの民はますます増え広がり、その勢いは強まるのだった。

どのような時であっても、人々の噂に気を取られたり、私たちを取り巻く状況に不安を覚えたり、いたずらに物事を恐れる必要はない。不安や恐れは、さらなる不安と恐れを生み出すだけだからだ。私たちが本当に恐れるべきは、ただ神のみである。「助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた。」(同21節)