名残惜しい

今日、つまり連休前の金曜日のことであるが、仕事の帰り同僚たちと一緒にソフトクリームを食べに行った。連休前で家族連れだのカップルだのがいるショッピングモールで大の大人が四人並んでソフトクリームを食べるというのも、あまり見かける光景ではあるまい。

さて世間では不景気といわれている今日この頃である。私の勤め先はどうかといえば、幸いにも不景気の煽りをさほど受けていない。

ところが私の勤め先の取引先は、残念ながら景気があまりよくないらしい。だからといって私の給料が下がるわけでもないし、よその会社のことなど私には関係がないといえばそうだろう。以前と比べてあまり忙しくなくなったように感じることもあるが、まぁ、たいした違いはない。よそはよそと思っていたのだが、今年に入ってから経費削減とか言い出すようになってきた。収入が減ったのであれば支出を減らさなければならないというのは、考えてみれば当然のことなのだろう。さて、値引き交渉はやむを得まい。それだけならまだしも、なんと取引先のオフィスが移転することになってしまった。それというのも、今のオフィスの家賃が高いから、もっと安いところ、つまり彼らが所有している工場に引っ越すことになってしまった。自宅に近くなるのであれば、万々歳であるが、通勤に倍の時間も掛かるような辺鄙な土地に移ることになってしまったのだ。人様の会社の事とは言えども、そこに常駐している私(と同僚たち)にとっては切実な問題である。残念ながら、黙って従うしかないというのが現実である。

今までは電車一本で行ける場所だったのに、今度は四つの路線を使って通うことになるのだ。定期代も二倍以上、ほとんど三倍に近い額になってしまう。通勤は時間が経てば慣れるだろうし、読書時間が増えると考えれば、それはそれで何とか我慢できよう。定期代も会社から全額支給されるので、特に困ることがあるわけでもない。

では何が問題かというと……移転先に何もないということである。幸か不幸か私自身はまだ一度も行ったことがないが、何度か行ったことのある人たちが口を揃えて言うことは、何もない場所ということだった。近所にコンビニすらないという噂だ。いや、以前はあったけど、潰れたとか何とか。

それに比べて、今までのオフィスは同じビルの中にコンビニが2軒あったし、きれいな女医さんのいる内科もあれば薬局もあったし、中華料理屋や喫茶店もあったし、郵便局も銀行ATMもあったという具合で、至れり尽くせりだ。そして何よりも近所においしい店がたくさんあったのだ。

そんなわけで、ここ二週間ほどは昼時になるとそれらの店に繰り出していたのだ。タイ料理、インド料理、中華料理、パスタ、焼肉等々を名残惜しんでいたのだ。今後外食するという楽しみがなくなってしまうことを考えると、お金が惜しくとも贅沢をすることに悔いはない。その締めが冒頭で書いたようにソフトクリームだったのである。

普段は家から弁当を持参するようにしている私がなぜ外食を続けていたのだろうか。なぜケチな私が躊躇うことなく1080円の「焼肉屋のカレー&焼肉」のセットを注文したのだろうか。確かにその道のプロが作るものは、さすがにそれを本職にしているだけあって、おいしいことに違いはないのだが、それだけで二週間も続けて外食するほど景気は良くない。一番の理由は、今後当分の間は外食できなくなってしまうので、今のうちに味わえるものを味わっておこうという思ったからである。楽しみが奪われてしまうのが分かっているのだから、楽しめるうちに気の済むまで楽しもうということである。移転した後も、おいしいものを食べさせてくれる店が、近所に多くあると分かっているのであれば、今さら何も夢中になって外食をすることはないはずだ。

さて、クリスチャンになることは、キリストを通して神から与えられた赦しを得て、罪の道に背に向け、神に顔を向けて生きようと決断することである。私がクリスチャンになった時のことを振り返ってみると、クリスチャンになる前に「今のうちにやりたいことをやっておかねば」と思ったことがあるだろうか。いや、さすがにそれはなかったと思う。神に従い神を味方につけた人生の方が、自分の思いのままに過ごすよりも価値あるものと考えたからかもしれない。キリストを受け入れるのに、それまでの生き方を名残惜しむことなど何もないのだろう。