一番の宝の持ち腐れ

もったいない、もったいない。あれこれ考えてみると人はもったいないことをするものである。何か根拠があるわけでもないのに、断定するかのように言うのは良くないのだろうが、それほど私の言うことも間違ってはいないだろうと思う。ひとくちにもったいないと言っても、人がそう感じる状況は様々であろう。例えば私が最近気になることは、何かをするだけの能力や権利があるにも関わらず、それを用いないという意味での「もったいない」があるということだ。いわゆる「宝の持ち腐れ」というものだ。

それというのも先日のことだが、クレジットカードの期限が切れそうになったので、新しいカードが送られてきた。コンビニで紙パック入りの、質より量がセールスポイントのような、安いお茶しか買わない貧乏性な私であるが、なぜかプラチナカードを持っていたりする。冷静に考えてみると、私にとっては文字通り「豚にプラチナ」…いや「豚に真珠」である。それどころか年会費が普通のカードの倍もするのだから、もうこうなると無駄としか言いようがない。しかも滅多に使わないのだから、一体これを持つことに何の意味があるのかさえ分からなくなってしまうくらいだ。

ちなみにこのカードであるが、永久不滅のポイントなるものがついている。というと、何やらありがたそうに聞こえてしまうが、クレジットカードのポイントに期限がないことは、今さら珍しいことでもないだろう。ただこのカードのポイントがすごいのは、そのポイントで世界一周クルーズを購入できたりすることだろう。ちなみに百万ポイントが必要である。たしか千円で1ポイントだから…計算が間違ってなければ、十億円の買い物をすれば、ただで世界一周旅行に行けるのだ。というよりも十億円も買い物するだけの余裕があれば自分でお金を出して行くのも可能だろう。これはこれは…私の知らない世界である。

そもそも何でプラチナカードなんか持つことになったのだろう…。まず見栄があることは否定しない。しかしそれだけでなく特典にも惹かれたのである。例えば各地の有名レストランやホテルを割引価格で利用できたりする。スポーツクラブも会費を払わずに利用料だけで使える。飛行機のビジネスクラスを割引料金で乗れたり、そして何より世界中の空港のラウンジが利用できるのだ。

ところが現実はこうである。洒落たレストランに行くこともなければ、ましてやホテルに泊まることなどない。スポーツクラブに行く時間も気力もない。ましてや飛行機なんて新婚旅行以来一度も乗ったことがないので、空港のラウンジなんか使う必要がない。とにかく特典を利用する機会も余裕も皆無なのである。結局のところ、そのような恩恵を与るにふさわしくない自分に気付かされるだけなのである。

蛇足までに、いっそのこと返却してしまえば年会費分が他のことにまわせるので、そちらの方がよいのではないかと考えるのだが、いつかこれらの特典を利用できる身分になる日を夢見ているから、どうにも手放すことができないでいる。

それでは、使わなければ一番もったいないものとは何であろうか。人にとって一番の宝の持ち腐れとは何であろうか。実は、その特権とはごく一部の人に限って与えられたものではない。むしろ誰でもが持っているものである。それは祈るということだ。天地万物を創造された全能の神に対して祈ることは、それこそ誰にでも与えられた権利である。ただ誰に祈りを捧げればよいのか、それを知らない人が多いだけだろう。しかし、それを知っていても、果たしてどれだけの人がその権利を遠慮なく用いているだろうか。

このことで神を煩わせるのは申し訳ない…果たしてこれは神のみこころに適っているのだろう…クリスチャンでさえ、そう思って祈ることをやめてしまうことはないだろうか。しかし、神はどのような祈りでも聞かれるお方であることを忘れてはならない。神が人々の祈りにどう答えてくださるのか、人はその答えを得るまで知ることができないだけだ。神がどのように答えてくださるのかは分からない。だからこそ、どんな些細なことであれ、いかに我がままに思えることであれ、あきらめずに祈り続けることが大切なのであろう。そうすることで、人は神の思いを知ることになるのではないだろうか。