シナモンガム、その後

前回も書いたことだが、私はシナモンガムが好きである。あの後も諦めずに、ここぞと思う店を覗いてみたのだが、なかなか見つけることはできなかった。新横浜の成城石井は横浜にある店舗よりも規模が大きいので、もしやと思って入ってみたのだが、残念ながら私が捜し求めていたシナモンガムは見つからなかった。ボトルひとつでン万円もするような高級なワインが鍵の掛かったケースの中で売られているのに対して、ひとつ百円もしないようなガムが売っていないということは、要するに入手が困難なわけではなく、どうせ売っても売れないだろうと思っているからかもしれない。確かにあの味は相当癖があるから、平均的な日本人の味覚には受け入れられ難いのかもしれない。それにしても「湿布のにおいがする」と言われてしまうルートビアよりは、人気があってもいいのかもしれないのに。それとも、ルートビアは隠れファンが多いのだろうか。とにかくルートビアは案外簡単に見つけることができるのに、シナモンガムは見当たらない。

それにしても、たかがガムのためにこれほど真剣になることができるのならが、もっとマシなこと、それこそクリスチャンであるならば、聖書をしっかりと勉強するというような生産的なことに情熱を注げば良いものを…と思わないでもないが、単純でどうでもよいと思われるものほど、なぜか夢中になってしまうものだ。要するに難しいことで頭を悩ますのを避けたいだけなのだろう。

ところで昨年のことだが、新横浜に大きくてきれいな駅ビルができた。それまでは新幹線の高架下にワンフロアだけの、果たして駅ビルと言ってよいのかどうか分からないような、ちょっと寂れた雰囲気の店舗の集まりがあった。もちろんきれいな今風の駅ビルができた今日でも健在であるが、そこに舶来品ばかりを扱う小さなお店があるのを思い出したので、物は試しだと思い覗いてみた。高級品はないにしても品揃えはそれなりにあった。ガムの売り場はレジの横にあり、上の段から順繰りに視線を下に向かって移していったら、真っ赤なパッケージの真ん中に炎のイラストが書かれて、でかい字で”BigRed”と書かれたものを見つけた。(どんなものか興味があれば私のブログを見てもらいたい。)これは!と直感でシナモンガムに違いないと思い、手にとって見ると、やはりシナモンガムに間違いなかった。15個入って267円、輸入品であることを考えると高くもなく安くもないというところか。迷わず購入した。

いざ中を開けてみると、期待していた通りのピンク色。粉をふいた感じもまさしく、探していたトライデントとそっくりだった。そして口に入れてみたら、味も同じ。いや、もしかしたらトライデント以上のうまさかもしれない。これでもかというくらいにシナモンが効いており、下手なミントガムより刺激的。これでは病みつきになってもおかしくない。ちなみにこれがなかなか優れもので、一時間噛み続けても、まだ味が残っているのだ。すぐに味が消える柔なガムが多い昨今、これは貴重である。とは言っても、さすがに一時間半を過ぎる頃から味がなくなってくる。

では私たちの心に入る神のことばである聖書はどうであろうか。これはいくら読んでも、いくら噛んでも、その味が失せることはない。むしろ噛めば噛むほどに、味が深まってくるとも言えるだろう。少し読むと、もう少し読んで見たくなり、もう少し読むと、もっと読みたくなってくるのだ。まさしく初めて聖書を読んだときの私がそうだった。聖書とは、それだけ味わう価値のあるものだ。もちろん、よく噛まなければならない。噛むのが面倒で、ただ飲み込むだけでは味わうどころか、味を知る機会すら十分にない。どんなにおいしいものでも、時間が経つなかで何度も食べていると、徐々に飽きてしまうものである。最初に口にしたときの感動も忘れてしまうものであろう。味は知っているが、特別な思いもなく飲み込んでしまうこともあるかもしれない。しかし、それでは何の栄養にもならないだろう。

神の言葉は咀嚼してこそ価値のでてくるものであろう。