マスクをしてみると

先週末のこと、どうも喉の調子が芳しくないと思っていたのだが、とうとう休み明けの月曜の朝目覚めてみたら、喉が痛くなってしまった。熱があるわけではないので、巷で話題のインフルエンザではないらしく、それは良かったのだが、それでも喉が痛いのは辛い。というわけで、朝から医者に行って見てもうことにした。熱もないし、喉もそんなに赤くなっているわけではないので、抗生剤と咳止めを処方してもらって一件落着。そのまま仕事に行っても平気なくらいの体力はあったが、喉がひりひり痛むのに、無理をして行かなければいけないほど大事な用事もなかったので、結局家に引き返して一日おとなしくしていることにした。

翌朝、幸いなことに喉の痛みは退いたたものの、咳はまだ収まらずにいたので、仕事に行くのにマスクをして出掛けた。すでに風邪をひいてしまっているわけで、何も外で病気をもらってくるのを防ごうなどと思ったわけではない。もちろんインフルエンザが流行っているのは承知だが、どんなに気を付けていたとしても、結局掛かってしまうときには掛かってしまうものであろう。手洗いうがいで防げるなら、それに越したことはないが、わざわざマスクをしてまで防ごうとは思わない。

どちらかと言うと、今回は近くにいる人たちに風邪をうつさないためのマスクである。混んでる電車の中でゲホゲホと咳をするのは、いくら私が鈍いと言っても、さすがに申し訳なく思えてしまう。ましてやインフルエンザで誰も彼もが過敏になっている今日この頃である。これは考え過ぎかもしれないが、閉ざされた空間でマスクをせずに咳をしてしまったら、周りからどんな目で見られるか知れたものではない。大勢を敵に回すのはさすがに気分が良いものでもない。そういった見方をすれば、自分を守る為とも言えるかもしれないが、基本は他人への遠慮というか、思いやりみたいなものである。

とは言うものの、このマスクってやつはどうにも慣れない。まずマスクのニオイが鼻につく。何に喩えたらよいのか分からないが、どちらかと言えば不快な匂いである。消毒薬の匂いとは明らかに違うのだが、それでも病院というか薬局というか…清潔ではあるが、不健康な何かを連想させる匂いなのである。思えば、香り付きのマスクってないのだろうか…たとえば、ラベンダーとかメントールとかの爽快な香りがすれば、結構売れそうな気がするのだけれど、見たことも聞いたこともない。もしかしたら、実在するのかもしれないが、もしそうだとしたらよほど目立たない存在なのかもしれない。それにマスクをしていると、当然ながら自分の吐く息で蒸れるのである。常に汗ばんだような感触で気持ち悪い。マスクの中の湿度はかなりのものだと思われる。なるほど、インフルエンザウィルスが湿気に弱いというのであれば、マスクの中はさぞかしウィルスにしてみれば、居づらい場所なのであろう。でも、いるのかいないのか分からないウィルスをどうこう考える前に、あの湿気と臭いで、私のほうがどうにかなってしまいそうだ。

さらに言うと、鼻とマスクの隙間から漏れた息でメガネがすぐに曇ってしまうのにも辟易する。息が漏れないような仕組みになっているらしいが、どう頑張ってみても、息が上から漏れてしまうのだ。視界まで曇ってしまっては、もう何がなにやら…。外から来るばい菌を防ぎ、内から出るばい菌を防ぐためにも、マスクをするのが大事なのは分かるが、選択肢があるなら、私はしない方を選ぶだろう。

しかし、あのマスクというのは何かに似ている気がしてならない。ちょっと抽象的かもしれないが、生温い信仰に通じるように思える。信仰があれば、私を取り巻く様々なもののうち、何が善くて何がそうでないかを知ることができ、悪いものを受け入れないように注意するだろう。また自らのうちにある悪い思いに従って行動することのないように慎むこともできるだろう。しかし、わずかな隙間があり、そこから出てくるものが、私の視界を曇らせてしまい、見るべきものを見ることができず、気付くべきことに気付かない。そんなこともあるのではないだろうか。心の奥底から神に思いを向けないのであれば、そんな隙間ができてしまうのではないだろうか。