テオピロへ 8

テオピロはたとえ人々から厳しい目にあわされようとも、神を信じ、神に従って生きようとする弟子たちの態度を羨ましく思うのだった。我ながら妙なものであると、彼は思わずにいられなかった。ペテロやヨハネがそうであったように、神に忠実であればあるほど、人々から厳しく扱われるであろうことが分かっているにも関わらずである。本心ではなくとも、ひとまず相手が納得するような返事をすれば、苦労しなくても済むであろうことくらい分かっているにも関わらずである。困難の少なくて済む道を羨むのであれば、何も珍しいことではない。それでもあえて険しい道を羨ましがるとは、やはり変わった考え方なのかもしれないと思うのだった。

さて、イエスの御名によって足の不自由だった物乞いを癒したこと、およびイエスについて人々に語ったことを理由に、指導者たちに捕らえられたペテロとヨハネは、今後イエスの名によって語ってはならないし、ましてやイエスについて人々に教えてはならないと厳重に警告を受けたうえで釈放された。もっとも彼らは指導者たちの考えに従うつもりはなかったようだ。

彼らは仲間の弟子たちのところに戻ると、何事が起こったのか、祭司や律法学者をはじめとする指導者たちが何と言ったのかを説明した。するとそこに集まっていた人々は、思いを一つにして、神に祈ったという。人々はこう祈った。「主よ。今、あなたは権力者たちの脅かしをご覧になりました。どうかあなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、癒しとしるしと不思議なわざを行なわせてください。」

それは、まさしく彼らがやってはいけないといわれたことだった。テオピロには、人々がそう祈る気持ちが分かるような気がした。

するとまさにその時、彼らがいた場所が揺れ動き、人々は聖霊に満たされたのである。五旬節の日に起こったこととまったく同じだ。神がそこにおられ、祈っていたひとりひとりに触れられたのだ。神と共に歩むことを望むばかりでなく、行動に移そうとする彼らにとっては、たいへんな励ましとなったことだろう。

弟子たちはその後も続けて、キリストの復活について人々に伝え続けたのだった。いや、ルカは「非常に強くあかしした」と書いてある。非常に強くとは、果たしてどのようなものだったのだろうか。テオピロはふと考えてみた。弟子たちはただキリストの復活について語ったのではない。もしかしたら声を大にして、宗教家や律法学者や役人が横槍を入れようとするのも意に介さずに、語り続けたのかもしれない。人々が聞く耳を貸さなかったとしても、それでも諦めることなく語ったのかもしれない。実際にイエスの御名によって、奇跡を行ったり、病を癒したりするなかで、キリストの復活について人々に伝えたのかもしれない。どのようにして弟子たちがキリストの復活を人々に伝えていたのかは、テオピロにはよく分からなかった。しかし、なんとなく想像することはできた。

そう考えてみると、弟子たちは結構苦労していたのではないかと思ってしまう。

しかし、神は彼らの上に大いに祝福をもたらしたのだった。また弟子たちに限ったものではなく、彼らと信仰を共にする人々も恵まれたのであろう。祝福というと、何か精神的なもの、つまり心で感じるもののように考えてしまいがちである。確かに、それはそれで間違ってはいない。しかし、それだけではないようだ。ルカは続けてこのようにも、書いている。すなわち、信仰を持つ人々の中には貧しいものがひとりもいなかった。彼らのうちに不動産を所有している者があれば、彼らはそれらを売り払い、その代金を弟子たちのところへ持ってきて、必要に応じて分け合ったからだ。

祝福とは、心が満たされることであり、日々の必要が満たされることでもあるのだろう。そして、祝福を受ける確かな方法とは、イエス・キリストの復活について力強く伝えていくことなのであろう。分かってはいるし、そうしたい気持ちはあるが、どうも難しいとテオピロは友人からの手紙を読みながら思うのだった。