テオピロへ 35

エペソにいたパウロは十二人の信徒にイエスの名でバプテスマを与えた後、再び会堂へ行って、神のことばを伝えた。さて、エペソの人々の多くはパウロに対して好意的だったが、すべての人がそうであるわけではなかった。時間が経つとともに、パウロと彼の伝える神のことばに心を閉ざした人たちは、公衆の面前でパウロの伝えることを蔑む発言をするようになった。それを聞いたパウロはあえて会堂に留まろうとはせず、弟子たちを連れて去ってしまった。彼らはギリシア人の学者であり雄弁家であったツラノという人物の運営している学校の講堂へ移り、神のことばを伝え続けた。パウロや弟子たち、また彼らの教えていることに共感を感じたのかもしれない。

ツラノがユダヤ人の神を信じていたのかどうかは分からない。しかし、ユダヤ人たちが同胞であるはずのパウロたちを憎み、彼らの伝える神のことば、キリストの働きを拒絶していた一方で、ツラノがそうであったように、異邦人でありながらパウロたちや彼らの教えていることに耳を傾け、賛同していた人々が多かったというのは、何とも皮肉なことに思われる。そもそもパウロや弟子たちが伝えていたイエス・キリストは、ユダヤ人の王であるべきお方だったのではないか。それにも関わらず、彼はユダヤ人の指導階級の人々から疎まれ迫害され、民衆からは相手にされなかったばかりか、十字架につけられる直前には罵られながら殺されたのだ。そのようなイエスの話が今はユダヤ人以外のローマ人やギリシヤ人に伝えられ、そして受け容れられているのだ。キリストを通して神が人々に与えようとしている罪の赦しと永遠のいのちが、ユダヤ人に限られたものでなく、すべての人々に向けられているものであることが、このことからもよく分かる気がする。

さて、パウロたちは二年もの間、ツラノの学校で人々に教え続けたそうだ。ユダヤ人であろうともギリシヤ人であろうとも、その地方に住む人々のほとんどが、神のことばを聞いたそうだ。またパウロは言葉で神のことを教えたばかりではなかった。神がパウロを通して驚くべき奇跡を現していたというではないか。パウロが人々に手を置かずとも、彼の着ていた服や持っていたタオルが触れただけでも、人々の病は癒され、悪い霊から解放されたという。神が人々に与えていたのは、言葉による精神的な心の平安だけではなく、奇跡による肉体面での解放でもあったとも言えよう。

人々の目にはパウロがこれらの不思議なわざを行っていたように映ったことだろう。ところが彼は神の働きを人々に伝えるための、手段でしかなかったというのが真実であろう。このようなことを言うと、パウロには申し訳なく思えてしまうのだが、彼は分かってくれるだろうとテオピロは思った。奇跡を行っていたのは神御自身だったのだから。

ところが、パウロを通して数々の奇跡が行われるのを見て、影響を受けた人々がいた。彼らはユダヤ人の祈祷師たちであった。彼らは祭司の七人の息子たちであったというから、それなりに聖書や神についての知識もあったことだろう。彼らは諸国を旅しては悪い霊に憑かれた人々を助けていたらしい。そう考えると、悪い人たちではなかったのであろう。少なくとも彼らのやっていることは、人助けであったに違いない。

彼らはパウロがキリストの名によって、人々から悪い霊を追い払っている様子を見て、自分たちも彼の真似をしたくなったようだ。彼らはある人に憑いていた悪い霊に向かって、こう言った。「パウロの伝えているイエス・キリストの名によって命じる。」

彼らは当然のように悪い霊がその人から出て行くことを期待しただろう。ところが悪い霊は彼らにこう言い返した。「イエスが誰かは知っているし、パウロのことも知っている。しかし、お前たちは一体誰だ?」

まるで効き目がない。それどこらか、彼らは霊に憑かれている人に押し倒され、叩きのめされ、身ぐるみはがされてしまったのだ。

みだりに神の名を唱えてはならないと言われているが、キリストの名も軽々しく使ってはならないということだろう。キリストを知らない者が、あたかも知っているかなように振る舞うのはその人自身に災いをもたらすことになるのかもしれない。テオピロはキリストを知っていることを感謝に思うのだった。