テオピロへ 41

パウロがカイザリアのローマ総督のもとへ移送されてから五日経った後、彼を訴えようとエルサレムから祭司長たちがテルトロという名の一人の法律家を伴ってやってきた。ローマ総督ペリクスは両者の言い分を聞くことにした。もっともなぜユダヤ人たちがパウロを訴えているのか、またなぜパウロがカイザリアに移されたのかの経緯についてはエルサレムに駐留していたローマ軍司令官からの手紙に書かれていたので、あらましは把握していたことだろう。

まず祭司長たちの言い分はこうであった。彼らの代表としてテルトロが訴えを述べた。のすなわちパウロが各地のユダヤ人を扇動して騒ぎを企て、またナザレ人の一派、つまりはキリストを信仰する人々の指導者として、神聖な神の宮を汚そうとしたということであった。話を聞いていた祭司長たちは口々に同意を表した。

ユダヤ人たちの訴えを聞いた総督はパウロに発言を促した。彼は弁明して言った。彼はエルサレムに戻ってきて十二日ほど経つが、宮であろうが会堂であろうが町の中であろうが、ユダヤの民衆と騒ぎを起こしたこともなければ、神の宮を汚そうとしたこともなかったと言った。たしかに宮の中や周辺では、パウロを捕らえようと一騒ぎ起こったことは事実だったが、それは彼が引き起こしたことではなく、ユダヤ人たちが民衆を煽ったに過ぎなかった。

もっとも、彼はユダヤ人のすべての訴えに反対したわけではなかった。実際、彼は自身がナザレ人の一派であることを認めた。また、ユダヤ人の一派は、祭司長たちの考え方からすれば、異端であることも認めた。しかし、律法も昔の預言者の言葉を否定しているわけでもなく、彼らと同じく先祖の神を信じていると主張した。

祭司長たちやパウロが話している「ユダヤ人の一派」というのが何であるか、総督はそれなりに知っていたようだ。もっとも総督の知識がどれ程なのかは分からないが、祭司長たちに肩入れをするでもなく、早急に判断を下すことはしなかった。ひとまず証人として、エルサレムに駐在していた司令官を呼び、話を聞くことにした。それまでの間、ユダヤ人たちを余計に刺激しないように、パウロを牢に留めておくことにした。その一方で、人々の往来を許すとして、ある程度の自由を与えることにした。

パウロが勾留されていたある時、総督夫妻が、実は総督の妻はユダヤ人であったというが、彼のところへやってきて話を聞くことにした。彼はキリストへの信仰についても語ったが、正しいこととは何か、自己の欲望を抑えるとはどういうことか、そしてやがて来る審判について話を始めると、総督は恐れを覚え、パウロを黙らせてしまい話を聞くのをやめてしまった。ところで、総督は結局のところ判決を出すことなく、パウロを留めておいたようだ。パウロが賄賂を贈ることを期待していたらしいが、そのまま時が流れるだけであった。

さてユダヤ人たちは何としてもパウロを潰そうという思いで頭がいっぱいであった。彼らにとって不幸なことは、パウロに対する憎しみや敵意ばかりにとらわれて、神のことばを聞こうとしなかったことだろう。そのため神の救いを受ける機会も逃したに違いない。さらに残念なことは、彼らは神を信じていないわけでもなければ、神を蔑ろにしていたわけでもなかったことだ。むしろ彼らは彼らのやり方で、神を求め神に仕えていたのだろう。そうすることによって、結果として、彼らは自分たちの力で神に認められようとするばかりで、パウロを通して神が語っていたことを聞き逃したのだ。

一方でローマ人である総督はパウロに対して必ずしも悪い思いは持っていなかった。しかし、彼は自信過剰というか自意識が強いのか、人の話を素直に聞くことはなかった。パウロが語ることのうち興味があること、励ましになることについては耳を傾けたようだが、話が都合の悪い方に向いてしまうと耳を閉ざすのだった。彼は神のことばを聞こうとしたが、自分に都合の良いことばかりを聞きたがったのだ。

神のことばを聞くためには、自分のことばかりを一方的に伝えるのではなく、心を静めて聞く態度が必要なのだろう。そして、その内容がどんなものであれ、選り好みをすることなく、素直に聞かないといけないのかもしれない。