テオピロへ 42

パウロが牢獄に留められたまま、月日は流れていった。ルカの手紙を読んでいると、つい最近の出来事のように感じられてしまうが、改めて考えてみると、しばらく前のことなのだと思うと、なんだか妙な気持ちになってしまう。

いつになったらパウロの行く末が決まるのかと思っていたら、ローマ総督が交代することになってしまった。聞いたところによると、何やら政策の上で過ちを犯してしまい、処罰を受けることは免れたものの、総督としての地位を失ってしまったということらしい。

入れ替りにやってきたのはフェストという人物であった。新しく就任した総督は、早々にエルサレムへ視察に出掛けた。ユダヤ人の多く住む地方であったので、なるべく彼らとの間に軋轢を作らぬように考えたのだろう。さっそくユダヤ人たちはこの新しい総督に、パウロをエルサレムに連れてきて欲しいと訴え出た。詳しいことを知らぬ総督なら、今のうちなら何でも要求を聞いてくれるだろうと期待していたのかもしれない。ところが総督は現実的な考えの持ち主らしく、パウロはカイザリヤに拘禁されていることもあり、総督自身も日を置かずしてカイザリヤに戻ることを考えると、それはあまりにも無駄なことに思えたらしく、彼らの願いを一蹴した。そしてパウロを訴えたいのであれば、カイザリアへ共に来るようにと言った。

ユダヤ人たちはパウロがエルサレムに護送される途中に殺してしまおうと考えていたのだが、せっかくの機会を失ってしまった。しかし何もしないでは腹の虫が治まらなかったのか、ともかく総督と一緒に行くことにした。カイザリヤに着いた翌日、総督はパウロに法廷へ出るように伝えた。

パウロが出廷するや、ユダヤ人たちは根も葉もないことをあれこれ並べ立てて、彼を罪人に仕立て上げようとしたが、証拠も何もないのでどうすることもできなかった。それにしても、最後にパウロを訴えてから二年も過ぎているのに、諦めの悪い人たちである。パウロをどうすれば殺すことができるのか、ただそればかりを考えていたようだ。フェストも聞いていてうんざりしたかもしれない。さて、パウロはユダヤの律法や宮に対しても、またローマの支配に対しても何ら罪を犯していないと弁明した。新任だからということもあるだろうが、フェストはユダヤ人の機嫌をとろうと考えて、パウロにエルサレムに戻って裁判を受けるかと尋ねた。さすがに二年間も牢獄につながれたままでは、パウロもエルサレムが恋しくなったに違いないと思ったのかもしれない。彼をエルサレムに連れて行くことさえできれば、後はユダヤ人たちの好きにすればよいと考えたのだろう。ところが、パウロは首を縦に振らなかった。当然と言えば当然であろう。彼はユダヤ人たちの訴えは事実無根であり、ローマ皇帝に上訴するとまで言い出した。フェストは判事たちと相談をしたうえで、彼をローマに送ることに決定した。

さて何日か経った頃、ユダヤの王であるアグリッパが妹のベルニケを連れて新しい総督に敬意を表すためカイザリアへやってきた。それにしても王ともあろうものが、ローマの一行政官でしかないフェストを尋ねるとは何とも不思議な気がしないでもない。もっとも現実にユダヤ地方はローマの支配下にあったのだから、やむを得なかったのだろう。見方によっては、アグリッパは飾りのようなものだったのだろう。それにしても真の王であるイエスが蔑まされた一方で、異国の行政官に媚びるような人物が王であるとは、何とも皮肉なものである。

ところでパウロのことが話題に上がると、アグリッパは興味をそそられたらしく、パウロの話を聞いてみたいと言い出した。そこで翌日フェストは大講堂に政府高官や市民の代表者たちを集めて、アグリッパを招待し、パウロの話を聞くことになった。パウロは集まった人々に向かって、今までのことを詳しく話し始めた。キリストに出会う前、彼が如何にキリスト者たちを迫害していたか、どのようにしてキリストに出会ったのか、そしてその後ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、大きな者も小さな者も問わず、悔い改めて神に立ち返るように伝えているのか、パウロはためらうことなく人々に語った。

テオピロは自分の歩みについて、あまり振り返ってみたことがないことに気付いた。神が今まで自分をどのように導いてくれたのか、感謝してもいいのかもしれないと思った。