ステータス

あるインターネットの検索サイトで、こんなことを調べたらしい。「男性がステータスを感じると思うことランキング」一体全体世の中の男性たちはどのようなものにステータス、すなわち社会的な地位や身分といったものを感じているのだろうか。もっともインターネット上でのアンケートを集計した結果なので、公平なランキングとは言えないだろうが、おもしろそうなのでちょっと自分自身と見比べてみた。

まず、第一位は「車」である。それなりの収入があれば、相応しい車に乗ることもできるだろう。もっとも私にしてみれば車は趣味性が高いものなので、必ずしもステータスを表すようなものでもない。

第二位は「仕事の職種・業界」弁護士とか医者ならともかく、平凡な会社員でしかない私には、こう答える人の気持ちが分からない。

第三位は「学歴」有名大学の出身ということであれば話は別かも知れないが、日本では名も知られていないようなアメリカの聖書学校の出身では、社会的な地位とは縁がまるでないに違いない。

第四位は「時計」きっと腕時計のことだろう。夏場は汗で蒸れるし、日焼け後が残ってしまうので、十年以上も私は身に付けたことがない。そもそも腕に何かが巻きついている感覚も嫌いなので、私には関係のない話である。

第五位は「資格/免許」私の運転免許はゴールドである。ステータスはステータスでも安全運転を心がけていることで、反社会的ではないないことを意味するくらいだろう。それ以外は、TOEICが940点。人はすごいと言うが、左手で鼻クソをほじくりながらでも取れる。おまけに何の役にも立たない資格なので、持ってるありがたみがない。

第六位は「スーツ」なんでこんなに窮屈な衣服に社会的な意義を見出すことができるのかか、私には良く分からない。

第七位は「行きつけの店」私の行きつけの店は何だろう。そうだ、コンビニがある。会社の近くのセブン・イレブンは1リットルの紙パックに入ったお茶が99円で売っていて、薄っぺらな財布に優しい。えっ?コンビニは行きつけの店にはならないって?

第八位は「住んでいる場所」私が住んでいるのは富岡である。富岡と言っても色々な人が住んでいるもので、豪邸に住んで高級車に乗っているような人もいれば、私のような平凡な人間もいる。住んでいる場所なんて、ステータスにはならないと思うのだが……。

第九位は「彼女・妻が美人」あぁ~、晩飯を食わせてもらえないと困るので、これについてはあえてコメントしないでおこう。

第十位は「靴」靴なんて履きやすくて丈夫で見た目がシンプルで、なおかつ安ければそれ以上は望まない。靴は履く人のステータスなんかよりも、その人の歩き方を表しているような気がする。踵が外側から削れている人は、歩くときの姿勢が良いと言われている。私の靴を見てみると、踵の外側が削れているので、私の歩き方は正しいようだ。

そう考えてみると、上位十位には私が納得できるようなものが何一つとして見当たらない……さして人に自慢できるものを持っていないというやっかみなだけかもしれないが。では、私のステータスを感じさせるものとは一体何なのであろうか。

ちょっとその前に、そもそも私のステータスというのは何であろうか。無名の小さな企業で働く目立たない会社員か。二児の父親であり夫か。どれをとっても退屈なありふれたものなので、わざわざ「ステータス」と呼ぶほどのものでもあるまい。私の地位なんてその程度のものなのだろうか。

いやいや、それだけではない。一番大事なことを忘れてはなるまい。私はクリスチャンであり、信仰者であり、何より神の子とされた者なのだ。この世界における私の立場を何よりも一番よく表しているものではないだろうか。神を信じる者であることを私に感じさせるものとは果たして何であろうか。それは五感で触れることができるようなものではない。心の奥底で感じている平安とでも言おうか、それこそが私に自分自身のステータスを感じさせるものである。