勝利の神

新天地へと導かれたアブラムは、神に感謝を捧げるため、祭壇を築いた。

さて、当時アブラムたちが住んでいた周辺の諸国の王たちは互いに勢力を競い合っていたようだ。国々の名前とそれぞれの王の名前は、発音することさえ難しく感じられ、到底覚えらそうにもないので、簡単に言ってしまうと、そのうち四人の王と五人の王がそれぞれ結託して、双方互いにせめぎ合っていたという。やがて四人の王は五人の王を打ち負かした。勢いを得た王とその軍勢は敗北を喫した王が逃げ去ったソドムとゴモラの地に攻め入り、全ての金目のもの、あらゆる食料を奪い去ってしまった。しかし被害はそれだけでは収まらなかった。やむなき事情でアブラムと別れたロトも同じ地方に住んでいたために、五人の王に財産を奪い取られてしまった。さらに悪いことに、ロトやその家族、使用人までもがさらわれてしまったのである。

ロトたちにとって幸運だったことに、兵士らに見つからないようになんとか一人の使用人が、うまく逃げ出したことだろう。彼の名は聖書に記されていない程の脇役でしかないが、彼のおかげでロトたちは命拾いをしたのだ。

王たちの争いの噂を聞きながら、アブラムとサライ、一緒にカナンまでやってきた人々は、いつ自分たちが王たちの争いに巻き込まれるかと不安に感じながら、日々過ごしていたかもしれない。ある日、アブラムの牧者が羊の番をしながら、戦で焼かれた家々から立ち上る煙を遠くに眺めながら、ロトの牧者たちはどうしているだろうかと考えていた。すると遠くから一人の男がふらつきながら近づいてくるのが見えた。男の服はあちこちがちぎれ土と埃、汗と血で汚れ、裸足の足は傷だらけであった。逃げ出した兵士かと思い、牧者は警戒し、立ち上がると、手にした杖でいつでも相手を叩きのめすことができるように身構えた。しかし、近づいてきた男の、傷と痣だらけのうす汚れたその顔をよく見ると、それは知った顔であった。名は知らぬが、かつて共に旅をしていた牧者のひとりであった。相手もこちらに気付いて安心したのか、憔悴しきった男は力が抜けて倒れてしまった。アブラムの牧者は男のもとに駆け寄ると、男を助け起こし、自分のテントに連れて行き、休ませ水と食事を与えた。男がアブラムに伝えるべきことがあると言うので、彼は自らの衣服を与え、アブラムのところへ男を案内した。

男はアブラムに会うなりこう伝えた。「アブラム様、甥御のロト様の土地がエラムの王、ゴイムの王、シヌアルの王、エラサルの王によって荒らされ、すべての財産が奪われ、人々はさらわれてしまいました。また、ロト様ご自身も捕虜として連れて行かれてしまいました。」

それを聞いたアブラムは分かれた甥のことが心配になったに違いない。彼は早速人を集めてロトたちと彼らの財産を救い出すために出掛けたのだった。アブラムは何と三百十八人もの人々を集めた言う。思えば、それだけの人数を捕虜を救い出すために招集できるということは、彼自身も小さな国の領主のような存在であったのだろう。

彼らはロトたちを追跡し、やがて王たちに追いつくことが出来た。日が暮れた後、アブラムたちは王たちの宿営に夜襲を掛け王の軍勢を撃退し、ロトと彼の家族、彼に仕える人々を解放し、そして財産を無事に取り戻したのだった。

さて、アブラムたちがエラムの王ケドルラオメルと彼に与していた王たちを打ち破ったという知らせを耳にしたソドムの王ベラは、アブラムたちを迎えに行った。またシャレムの王メルキゼデク(彼は戦には参加しなかったようだ)もやって来て、アブラムを祝福して言った。「祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方、いと高き神より。あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」(創世記14章19~20節)

またソドムの王はアブラムに、財産を納めるようにと言ったが、彼はそれを辞退した。それは、後になってソドムの王がアブラムを富ませたかのように言わせないためであった。後のことはあまり考えずにもらえる物ならばもらっておきたいと思うのが人情であろうが、アブラムはあえてソドムの王の申し出を断った。それは彼が自らに勝利をもたらしたのは神であり、すべての祝福は神が与えて下さるということを知っていたからだろう。

神は勝利を与えて下さる神なのである。それはアブラムの時代でも今でも変わらない。