長子の権利、その後

イサクの一生はどちらかと言うと、地味というか穏やかだったようだ。月日が流れ彼自身も老人となった。緑内障でも患っていたのか視力も衰え始めていた。そう遠くはない将来に自身も先祖たちの仲間入りをする時が近づいていることを薄々感じていたかもしれない。彼は二人いた息子のうち長男であるエサウに祝福を与えようと考えた。かつては女性問題で父母を悩ますこともあったが、それでも彼にとっては大切な長男であったのだろう。おそらくエサウに一族の今後を託そうとしたのかもしれない。彼は長男を呼んで、こう言った。「見なさい。私は年老いて、いつ死ぬかわからない。だから今、おまえの道具の矢筒と弓を取って、野に出て行き、私のために獲物をしとめて来てくれないか。そして私の好きなおいしい料理を作り、ここに持って来て私に食べさせておくれ。私が死ぬ前に、私自身が、おまえを祝福できるために。」(創世記27章2~4節)

イサクが話し終わるが早いか、エサウは急ぎ身支度を整え弓矢を携え、野に飛び出して行った。ところがイサクがエサウに話していることを盗み聞いた者がいた。それは他でもないイサクの妻でありエサウの母であるリベカであった。彼女は次男のヤコブをひいきにして可愛がっていた。このままでは夫が長男を祝福してしまうであろうことを知って、彼女は何としても次男であるヤコブに祝福を受けさせたいと考えた。彼女はヤコブに言った。「今、父さんが兄さんに、獲物を捕らえてそれで父さんの好きな料理を作ってくれと言っているのを聞いたわ。父さんは兄さんを祝福するつもりでいるんでしょう。だから、今から私が言うことをよく聞きなさい。外から肥えた子やぎを二頭連れてきなさい。それを私が父さんの好きなように料理しましょう。それをあなたが父さんに食べさせてあげなさい。そうすれば父さんはあなたを祝福するでしょう。」

何のことはない。暗に父と兄を騙して、祝福を横から奪い取ってしまいなさいということなのである。もし弟であるヤコブ本人が考え付いたとしたのなら、兄弟同士の確執なのだろうと思えられなくもないが、母親が考えたことであるからなんともたちが悪い。何とはなしに良妻賢母の印象があったリベカであったが、急に悪女になってしまったかのようである。言われたヤコブもさすがに少しためらいを覚えたようである。どちらかといえば弱気にこう答えた。「でも、兄さんのエサウは毛深い人なのに、私のはだは、なめらかです。もしや、父上が私にさわるなら、私にからかわれたと思われるでしょう。私は祝福どころか、のろいをこの身に招くことになるでしょう。」(創世記27章11~12節)

リベカは自分が身代わりになってのろいを受けるからと言うと、エサウの服を出してきてヤコブに着せた。さらに肌が露出している部分を子やぎの毛皮で覆ってしまった。ヤコブは母の用意した食べ物を持って父のところへ行った。

物事はすべてリベカの期待した通りに運んだ。果たしてイサクはヤコブに祝福を与えたのだった。「神がおまえに天の露と地の肥沃、豊かな穀物と新しいぶどう酒をお与えになるように。国々の民はおまえに仕え、国民はおまえを伏し拝み、おまえは兄弟たちの主となり、おまえの母の子らがおまえを伏し拝むように。おまえをのろう者はのろわれ、おまえを祝福する者は祝福されるように。」(創世記27章28~29節)

ちょうどその時、エサウが狩りから戻ってきた。真相を知った彼は祝福を受けられなかったことを悲しみ、弟に騙されたことを悔やんだ。リベカは兄が弟を憎しみのあまり殺してしまおうかと考えていることを知ると、さっさとヤコブを逐電させてしまった。

それにしても人を騙して何かを横取りするのはどうかと思うが、だからと言ってエサウに同情を感じないのはなんでだろうか。イサクがエサウを祝福しようとしたのは、彼がエサウを愛していたということもあるだろうが、それだけでなくエサウが長男であったからでもあろう。イサクは一家を導くであろう長子を祝福することが父としての役目と考えていたのかもしれない。ところが、肝心のエサウはどうであったかというと、過去に長子の権利を弟のヤコブに譲ってしまったのである。それも自らの意思で、一時の食欲を満たすためだけに。そう考えてみると、なるべくしてなった結果に思われなくもない。神から与えられた権利をいとも簡単に捨ててしまうような人物に一族の将来を預けなかったのは、結果として良かったのかもしれない。