かなわぬ願い

ヤコブは母の出身地を目指して旅を続けた。母の故郷と思われる土地へたどり着いた彼は、ひとつの井戸があるのを見つけた。もしかしたら、この井戸は彼の祖父アブラハムの召使いが母と出会った場所だったのかもしれない。ちょうどその時、羊飼いたちが群れに水を飲ませようと、井戸の周りにたたずんでいるのに彼は目を留めた。彼は羊飼いたちに尋ねた。「すみません、皆さんはどちらの方ですか。」

「私たちはカランに住む者です。」

彼らの答えを聞いて、ヤコブはさぞかし安心したことだろう。確かに目指す場所へ到達したのだ。後は、彼の叔父を探すだけである。彼は再び彼らに聞いた。「あなたがたはナホルの子で、ラバンという人をご存じですか。」

彼らはヤコブに答えた。「えぇ、知っていますよ。」

ようやく彼の旅も終わろうとしていた。「それで、あの人は元気にしていますか。」

「元気ですよ。ほらあちらに、あの人の娘のラケルが羊を連れて来ています。」

こうしてヤコブは従姉妹のラケルと出会った。彼の叔父ラバンはラケルの話を聞くと、急いでやってきて、甥である彼をしっかりと抱きしめた。おそらく彼らにとってはこれが初めての出会いであったろう。もしかしたら、ラバンは妹のリベカにすら最後に別れた時から会う機会がなかったかもしれない。ラバンは妹の息子との対面を喜んだのだろう。ラバンは甥を彼の家に連れて行った。さてラバンに事情を放すと、叔父はそこにいたいだけいても良いと言ってくれたのだろう。彼は感謝の思いで、滞在している間はラバンのために働くことに決めた。ところが、ラバンも申し訳なく思ったのか、ひと月ほど経った頃ヤコブにこう言ってきた。「君が私の親戚だからといって、ただで私のために働くというのもすっきりしないのだ。何か欲しいものがあるか、言ってごらん。」

ヤコブはさっそく答えた。「それでは、ラケルのために七年間あなたに仕えましょう。彼女を妻とさせて下さい。」

ヤコブはラケルを見たときから、彼女に恋心を抱くようになっていたのかもしれない。ラケルは美しい女性であったとも書かれている。一方姉のレアは目が弱かったというから、視力に問題があったのかもしれない。彼は健康で美しい妹を選んだのだった。レアには残酷な話かもしれないが、当然と言えば当然であろう。

ラバンはヤコブの願いを聞き入れた。「あの娘をよく知らぬ男に嫁がせるのはどうも不安だ。それなら君と結婚させる方が安心に思えるよ。今後も私のところにいなさい。」

愛するラケルと結婚してもよいとの約束を得ることができたので、ヤコブは叔父の下で一生懸命に働いた。彼にとっては長いようで短い七年だったろう。あっと言う間に七年が経った。ラバンは近隣の人々を招いて甥と娘の婚礼を祝う宴を催したのだった。その夜、ヤコブは新妻を伴って寝室へと入った…。

…ところが翌朝起きてみたら、こともあろうか、横に寝ているのはラケルではなく姉のレアであった。彼はラバンに言った。「何ということを私になさったのですか。私があなたのためにこの七年間働き続けたのは、ラケルのためではなかったのですか。どうして、私をだましたのですか。」

するとラバンは慌てるでもなく答えて言った。「私たちのところでは、長女より先に下の娘をとつがせるようなことはしないのだ。それに何もラケルと結婚してはならないとは言ってない。その代わり、君にはもう七年、私のために働いてもらおう。」

ヤコブは不満だったろうが、それでもラケルを誰よりも愛していたために諦めることなければ、ラバンに露骨に逆らうこともなく、もう七年間働いた。

どうやら神に忠実であり神に祝福されていることと、この世の中で願い通りに物事が進むことは別のことであるようだ。時として自分の置かれている境遇を不満に思ったりすると、神に文句を言いたくなったりするものである。だからと言って神から恵みを受けていないというわけでもないのであろう。そう簡単には信じられないかもしれないが。