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イタイの忠信

遠い昔、イタイと言う男がいた。いや、冗談ではなくて、本当の話である。なんと言っても聖書に登場しているのだから。それにしても痛い……ではなくて、イタイとは何と痛々しい名前であろうか、などと思うのは日本語の分かる人だけだ。まぁ、つまらない話はこれくらいしにて、このイタイという人物であるが、聖書によるとガテ人であったという。ガテ人とはどこの地方の人であるかというと、ヨシュア記の記述によれば、実はペリシテ人の国であった。つまりこのイタイというのは、ペリシテ人だったと考えてもよいだろう。そもそもイスラエル人とペリシテ人とは敵対関係にあるはずなのであるが、なぜイスラエルの王であるダビデのもとに彼は身を寄せていたのだろうか。彼だけならまだしも六百人のガテ人が一緒にいたという。理由は何であれ、彼らがダビデのことを信じて、頼ってきたのは確かであろう。

ところでこの頃、イスラエルは大変に困難な状況にあった。何が起こっていたかというと、ダビデの息子の一人であるアブシャロムが父であり王であるダビデに対して謀反を起こしていたのだ。アブシャロムと言えば、妹を襲われた仕返しに異母兄アムノンを二年経った後に殺害した彼のことである。たとえ事情はあったとしても、兄を殺したうえに、父に反旗をひるがえすとは、それだけを考えるとずいぶんと凶暴な人物であるように思えてしまう。
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アムノンの恋煩い

遠い昔、アムノンと言う男がいた。彼はダビデの長男であった。王の長男であることを考えると、本来であれば彼は父の後を継いで王となるべき人物である。さて彼が父のように神を信仰し、また民から信頼されるような人物であったかどうかというと、どうも疑問である。何と言っても、聖書には彼について細かいことが何も書かれていないからだ。たったひとつのことを除いては、彼については良いことも悪いことも書かれていないのだ。これは私の想像でしかないが、もしかしたら記録に残るようなところが何一つとしてない、言うなれば凡庸な人物だったのかもしれない。

そんなアムノンであったが、唯一彼が聖書に名を残しているところは、今から見ようとしている、どちらかといえば周囲から見れば個人的に過ぎるというか、本人にとってはむしろ不名誉とも言える出来事についてである。それというのも彼は妹であるタマルに恋をしていたのだ。私はひとりっ子なので兄弟を持つということの感覚がまったく分からないのであるが、果たして兄が妹に対して恋心を抱くことなどあり得るのだろうか……と考えてしまったわけだが、実はアムノンとタマルは異母兄妹であった。そう考えると、兄妹とは言えども、どこか他人として相手を見るところもあったのかもしれない。ところでアムノンがタマルを思う気持ちは半端なものではなかったようだ。聖書にこのように書かれているほどである。「アムノンは、妹タマルのために、苦しんで、わずらうようになった。」(Ⅱサムエル記13章2節)これぞ文字通り、恋煩いである。
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ツィバの告白

遠い昔、ツィバと言う男がいた。彼はサウルのしもべであったということを除いては、特に目立つところが何もない人物であった。さて前回も見たように、サウルの一族とダビデの一族との関係は、あまり穏やかなものではなかった。しかし彼らの間にどうすることもできない憎しみがあったのかどうかといえば、少なくともダビデの視点から言うならば、そうでもなかったようだ。それを示す何よりもの証拠は、サウルと彼の息子ヨナタンの戦死を知ったときに、ダビデがひとつの哀歌を残したという事実がある。ダビデはこう歌っている。「サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、わしよりも速く、雄獅子よりも強かった。」(Ⅱサムエル記1章23節)神に油注がれた者としてダビデは、神に背を向けてしまったサウルに対して妥協することのできないところがあっただろうが、かつての王として、年長者として、人間としてサウルに対して敬意を持っていたことだろう。

そう考えてみると、もしかしたらダビデ本人はサウルの家と争うことを望んでいなかったのではないだろうかと思えてくる。やむを得ない事情や周囲の状況ゆえに、結果としてそうせざるを得なかったのかもしれない。彼の本心はおそらく彼のこの言葉に表わされているのではないだろうか。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。……サウルの家の者で、まだ、だれかいないのか。私はその者に神の恵みを施したい。」(同9章1、3節)
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ウザの手出し

遠い昔、ウザと言う男がいた。ウザというのは、あまり聞かない名前である。ここしばらくの間、サウルとかダビデとか、どちらかと言えば名の知られた人物について見てきたので、無名の人物が登場するのは久しぶりである。このウザという人であるが、聖書の中ではここでしか名前が挙がらない程度である。いや、厳密に言うのであれば、サムエル記の後の次の次にくる歴代誌にも登場するのだが、同じ出来事が別の箇所に書かれているだけなので、数に数えなくても構わないだろう。しかしウザにしてみれば残念なことに、聖書には彼の最大にして最後の失敗が記されているのだ。最後というのは、この後彼が過ちを犯さなくなったというのではなく、死んでしまったからだ。死んでしまっては、間違いのしようがないわけだ。

さてダビデがゴリアテを倒した日から時は流れ、ダビデを慕っていたヨナタンはペリシテ人の手に掛かって殺され、王サウルもまた敵に追い詰められ時、彼らに殺されるよりは自ら命を絶つことを選び、小姓に介錯するように命じて果てた。小姓は小姓で自らの喉を突いて果てたというから、まるで戦国の世の話のようである。彼ら亡き後も、サウルの一族とダビデの一族の間でいがみ合いが続いたが、それでも神に認められ、そして民衆に期待され、ダビデは正式にイスラエルの王となった。ところでダビデを王と認めたのはイスラエルの民だけではなかった。長年の敵であるペリシテ人も彼を正当な王として認めたのである。これをきっかけに争いに終止符を打ち、和解をするかと思いきや、彼らはダビデの命を狙うようになったのだ。
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ダビデの石

遠い昔、ダビデと言う男がいた。ダビデがイスラエルの王であったことは有名な話なので、今さら説明するまでもないだろう。彼について書くとすれば、多くを要するだろうから、ここでは一部だけを見ていこう。

ところで王位というものは、古今東西さまざまな文明を通じて世襲されることが普通である。そう考えてみると、前回も見たとおりヨナタンはサウルの息子であり、王位を継ぐ資格はあるようだし、父と比べてみても民から支持されており、神に対する信頼という点においても不足はなかった。ところが彼は王にならなかったのである。それというのも父サウルが神のことばに従わなかったからだ。それは預言者サムエルがサウルに次のように告げたことからも分かる。「まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。……主は、きょう、あなたからイスラエル王国を引き裂いて、これをあなたよりすぐれたあなたの友に与えられました。」(Ⅰサムエル記15章23、28節)社会的にはサウルは依然として王であったかもしれないが、すでに神は彼を見限っていた。もはやサウルの家から王になるものはでないことは決定的となった。
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